妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
三代目の女将になるはずだった天音は・・・
人見知りで、愛嬌もない。
女将業を自分でやるなんて、はなから考えていなかった。

幼い頃から、母や祖母の美女伝説を、耳にタコができるほど聞かされて育った。

「お母さんが、あんなに美人なのに・・この子は、誰に似たのだろうね・・・」

「仏頂面で、愛嬌の無い子だね」
という、口さがない親類や従業員の言葉。

天音は幼い時から、自分は女という武器が著しく、スペックが低いということも理解していた。
そして次第に無口になり、人の陰に隠れるようになった。

若い女の子たちは、宝石のように美しい錦鯉。
天音は、岩陰に潜む黒っぽい鯉だと自分を考えていた。
そもそも黒っぽい鯉は、男の目には留まらない。

それでも、いっぱしに恋愛幻想の夢を見たこともあった。
昔、ひやかしで立ち寄った街の占い師に
「あなたには、恋愛運はないですね」
と言われて、少しばかりショックを受け、次に「ああ、やっぱり」という覚悟ができた。

気がつけば、四捨五入するとアラフォーになる。

孤独死だって、他人事ではなくなる。
<おひとりさま>の覚悟が、必要だ。

アラフォーになってわかった事は、10代、20代に、あれほどキラキラしていた女の子が、
立派なおばちゃんに変身する事だ。

天音は、20代でも30代でも、あまり見た目も含めて容姿に変化がない。
良い事なのか、悪い事なのかわからないが・・・

高校卒業すると、都会の大学に進学して、司書教諭の資格を取った。
今は、学校の図書館司書の仕事をしている。

黒っぽい鯉は、地味なりに世界の片隅で、生きるすべを身につけていった。。

そうこうするうちに、父ががんでなくなり、母も年老いて認知症の症状が出始めたので、旅館を続ける事が困難になった。

天音の決断が、迫られていた。
3代目女将として、旅館を再興させるか・・・・
廃業して、土地を売り払うか・・・
どちらもメリットはない。

自分で営業をかけて集客するなんて、絶対に無理と思っていたし、土地も、二束三文で叩かれるだろう。

ただ、母や祖母の想いの詰まった、愛した旅館を処分するのはつらい。

特に、紅葉の時期は素晴らしい。
打掛の裾を広げたように、錦秋の模様が広がる。

しかし、今は庭の手入れもしていないので、荒れ果てている。
池の錦鯉たちも、この先どうなるか心配だろう。

ここが廃墟になるのは、時間の問題だ。
それは・・・
天音にとって、自分の故郷が無くなる事でもある。

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