妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
遠ざかる旅館、頭を下げ続ける天音の姿。
それを見て、久遠はため息をついた。

「誠実で、配慮の行き届いた方ですね」
そう言って、近藤が、おにぎり入りのレジ袋を久遠に渡した。

「あのホテルの売却の件ですが・・」
近藤はビジネスバックから、厚い書類の束を出して、説明を始めた

「昔は地元の名士が集まる、格式の高い旅館でした。
しかし、高速が延長して、古い県道を使わなくなったので、客が途絶えたようです。
それでも、日帰りの湯治客とか、もみじの名所として、なんとか経営をしていたようですが」

久遠は説明を聞きながら、おにぎりにかぶりついた。
「うまいな・・米がいいんだな」

「米もそうですが、水も有名です。酒蔵もこのエリアには、多くありますから」
近藤がうなずいて答えた。

「天音さんの父親が亡くなり、母親が経営を引き継ぎましたが、
その母親も、認知症の症状が出始めて旅館を閉めました。
負債もその時点でありましたが、所有の山を売って何とかしたようです。」

「彼女の調査は?」
久遠が促した。

「勤務先では、真面目でしっかりした人という評価です。
今は週末、母親の入居している施設に、通っていますね。
浮いた話も、特にないですし。

ただ、母親の入居費用の支払いでは、苦労しているのかと。
それで、売却を決意したようですね」

近藤の報告を聞きながら、久遠はスマホの画面をスクロールしていた。
旅館で撮った画像を、次々に見続けている。
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