妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
仕事終わりの夕方、天音は紺のスーツ姿で花束を持って、病院の受付に行った。

「あの、タカハラ、リッジモンドさんのお見舞いできたのですが」
「どちらさまでしょうか?」
受付の女性は、手元の書類に目を落として確認をしている。

「その、三角といいます」
「三角様ですね。確認いたしますので、しばらくお待ちください」

内線電話で何かやりとりをしていたが、話がついたようで
「特別室でございます。ご案内いたします」
と、席を立った。

エレベーターの最上階、廊下も絨毯でホテルのようなしつらえだった。
病室にあるネームプレートもなく、VIP扱いの特別室。
受付の女性はドアをノックした。

「失礼いたします。三角様がお見えになりました」
引き戸を少し開けて、天音に入るよう促すと、受付の女性は立ち去った。

窓が大きくとってあり、眺望のよい豪華な部屋。

中央の大きなベッドで、点滴につながれながらも、久遠が上半身を起こして本を読んでいた。

「こんにちは、ご無沙汰しております」
天音は入り口で頭を下げた。

「天音ちゃん、よく来てくれたね。こっちにどうぞ。入って」
顔を上げ、久遠がうれしそうに手招きをした。

天音がおずおずと、ベッドサイドに置いてある椅子のそばまで進んだ。
思ったより元気そうだ。
顔色も悪くない。

「いやぁ、海外をウロウロしていたつけが、まわってさ。
水とか氷とか、注意していたんだけど。ここを、ちょっとやられて・・」
久遠は自分の肝臓あたりを、ポンポンと叩いた。

「早く、お元気になられるといいですね」
天音が少し微笑んで言ったが、持ってきた花束をどうしようか迷っていた。

すでに豪華な薔薇の花が、いくつも飾られている。
白に淡いピンクの縁取りのカーネーションと、カスミソウの花束を飾る隙間はなさそうだ。

「今週末には退院するんだ。もう、大丈夫」
久遠はそう言ってから、天音に座るよう促した。

「俺、聞きたいんだけど、なんであの旅館、売らないって決めたの?」
少しふてくされている、すねているような顔をした。

「あの場所が、私の故郷ですから・・」
「そうなのかぁ・・そうだよね」
久遠は残念そうに言った。

「俺があそこを買ったら、君もついてくると、思っていたんだけどな」

はぁ・・・何それ?・・おまけみたいに言ってるんですけど?

久遠はいたずらをして、叱られるのを覚悟しているような子どもの顔で
「天音ちゃん、見たよね。俺とエミリアがキスしているところ・・・」

肯定か、否定か、なんと言ったらよいのだろうか?
天音の花束を持つ手が揺れる。
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