妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
久遠は、天音の手首をそっと放して、膝の上で両手の指を組んだ。

「本当はあの旅館の査定は、近藤の仕事だったんだ。
でも、近藤の娘が熱を出して、無理って、連絡がきて・・」

天音は驚いて、聞いてしまった。
「近藤さんって、お子さんがいるんですか?」

あのクールで仕事のできそうな近藤が、既婚者だったとは・・
久遠は、天音の顔を見て微笑んだ。

「3才と5才の女の子がいて、すごくかわいいんだ。
溺愛しているよ。暇があれば、スマホの待ち受け見て、二ヤついているし・・」

それから、少しうつむいて、両手を見つめていた。

「俺は確かに、色々な女の子と付き合って来たし、遊んでもきた。
でも、日本人の女の子とは、付き合おうとは思わなかったんだ」

空が暗くなり始めて、駐車場の街路灯の明かりがポツポツとつき始める。

久遠も天音も視線を交わす事もなく、正面の施設の建物を見ていた。
施設の職員が窓のカーテンを、次々と閉めていく様子が見える。

ようやく、久遠が口を開いた。

「むしろ、避けていた。思い出してしまうから・・封印していた。
母親の事があったから」
久遠が小さなため息をついた。

「もう、10年以上前の話だけど・・・母親は病気で・・末期がんだった。
でも、母親は「俺には、病気の事を絶対に言うな」って、口止めを強く親父にしていたんだ。」

久遠は、苦し気な調子で続けた。

「俺は、そんなこと全然知らなかったから、能天気に遊びまくっていた。
親父から電話があっても、無視してさ。
やっと電話に出た時は、母親が亡くなったという知らせだった。」

しばらくの沈黙・・・

久遠は片手で何かの感情が、出て来るのを止めるように口を押えた。

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