妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
「天音ちゃんのパスポート、すぐ取らないとね。」
久遠が車のキーを押したので、あの外車のハザードライトがロック解除の合図をした。
「結婚の手続きは、大使館にもいかないと」
久遠はそう言って、もう一度確認するように、ぎゅっと天音の手を握りしめた。
国際結婚・・・するのなら
これから押し寄せる、困難と現実を乗り越えていかねばならない。
が、久遠のメチャクチャにうれしそうな顔を見ると、このわんこの飼い主になるしかないだろう覚悟を決めた。
わんこはするりと天音の肩に、腕を回してきた。
「天音ちゃんと、キスしたいんだけど」
甘えるように言うと、
「キスは来週って、言いましたよね」
天音はきっぱり言い、人差し指で×印を作り周囲を見回した。
いくらなんでも・・この場所はまずいでしょ・・・
「だからさぁ、俺からは来週だけど、天音ちゃんからしてくれるなら、今日でもいいと思うけど?」
大型わんこは、グイグイ押してくる。
人の顔を尻尾を振りながら、ベロベロなめてくるつもりだ。
天音は飼い主として、年上として分別を見せねばと思った。
「物事には順番があって、まず、ご飯を食べるべきでしょう?」
「天音ちゃんは、腹減っていたのか!」
そう言いながら、久遠がクスクス笑って、車のドアを開けてくれた。
車の助手席に乗り込むと、あのダルシマーの音楽が流れている。
「ご飯、食べたらさぁ・・」
久遠が、運転席のシートベルトを閉めながら、不安そうに天音を横目でチラッと見た。
天音は、ため息交じりの飼い主モードで
「一緒に、お家に帰りますよ」
「そうだよね!!絶対そうだよね!!」
久遠が見えない尻尾をブンブン振って、声を弾ませてうなずいたが、ふと戸惑うように聞いた。
「お家って、どこになるのか、住所教えて?ナビに入れるから」
わんこは首をかしげて、タッチパネルに指を置いた。
「俺の泊まっているホテル?天音ちゃんの家?紅葉旅館?それとも別の?」
「今日は・・・紅葉旅館にしましょう。ちょっと遠いけど」
天音が答えた。
「お家に帰るって・・ステキな言葉だね」
久遠が、うれしそうに言った。
「天音ちゃん、ご飯、何が食べたい?」
「高速下りた近くに、おいしいうどん屋さんがあるから、そこでどうですか?」
「うん、いいよ。楽しみだね」
天音は、遠ざかる施設の灯りを目で追った。
その光りの中で、女将であった母親の姿と自分の姿が、ゆるゆると重なっていく。
恋愛運は悪いと言われたけれど、今、隣には上機嫌の大型わんこがいる。
そういう人生も悪くない。
二人なら、なんとかなる。
舞い落ちる紅葉、錦鯉たち、そして古い建物も、この新しい主を歓迎してくれるに違いない。
天音は確信した。
おわり
久遠が車のキーを押したので、あの外車のハザードライトがロック解除の合図をした。
「結婚の手続きは、大使館にもいかないと」
久遠はそう言って、もう一度確認するように、ぎゅっと天音の手を握りしめた。
国際結婚・・・するのなら
これから押し寄せる、困難と現実を乗り越えていかねばならない。
が、久遠のメチャクチャにうれしそうな顔を見ると、このわんこの飼い主になるしかないだろう覚悟を決めた。
わんこはするりと天音の肩に、腕を回してきた。
「天音ちゃんと、キスしたいんだけど」
甘えるように言うと、
「キスは来週って、言いましたよね」
天音はきっぱり言い、人差し指で×印を作り周囲を見回した。
いくらなんでも・・この場所はまずいでしょ・・・
「だからさぁ、俺からは来週だけど、天音ちゃんからしてくれるなら、今日でもいいと思うけど?」
大型わんこは、グイグイ押してくる。
人の顔を尻尾を振りながら、ベロベロなめてくるつもりだ。
天音は飼い主として、年上として分別を見せねばと思った。
「物事には順番があって、まず、ご飯を食べるべきでしょう?」
「天音ちゃんは、腹減っていたのか!」
そう言いながら、久遠がクスクス笑って、車のドアを開けてくれた。
車の助手席に乗り込むと、あのダルシマーの音楽が流れている。
「ご飯、食べたらさぁ・・」
久遠が、運転席のシートベルトを閉めながら、不安そうに天音を横目でチラッと見た。
天音は、ため息交じりの飼い主モードで
「一緒に、お家に帰りますよ」
「そうだよね!!絶対そうだよね!!」
久遠が見えない尻尾をブンブン振って、声を弾ませてうなずいたが、ふと戸惑うように聞いた。
「お家って、どこになるのか、住所教えて?ナビに入れるから」
わんこは首をかしげて、タッチパネルに指を置いた。
「俺の泊まっているホテル?天音ちゃんの家?紅葉旅館?それとも別の?」
「今日は・・・紅葉旅館にしましょう。ちょっと遠いけど」
天音が答えた。
「お家に帰るって・・ステキな言葉だね」
久遠が、うれしそうに言った。
「天音ちゃん、ご飯、何が食べたい?」
「高速下りた近くに、おいしいうどん屋さんがあるから、そこでどうですか?」
「うん、いいよ。楽しみだね」
天音は、遠ざかる施設の灯りを目で追った。
その光りの中で、女将であった母親の姿と自分の姿が、ゆるゆると重なっていく。
恋愛運は悪いと言われたけれど、今、隣には上機嫌の大型わんこがいる。
そういう人生も悪くない。
二人なら、なんとかなる。
舞い落ちる紅葉、錦鯉たち、そして古い建物も、この新しい主を歓迎してくれるに違いない。
天音は確信した。
おわり
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