妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音

奇妙な訪問者

天音が酒蔵を出たのが、4時過ぎだった。
山の日の入りは早い。

うっそうと茂った雑木林は、すでに闇の翳りを見せている。
山々が醸し出す底なしの闇、慣れていても、怖さを感じる時がある。

天音は近道をするため、裏道を自転車で旅館に向けて走っていた時だった。

雑木林の隙間から見えたのは、旅館の入り口の大きな石に、若い男が座り込んでたばこを吸っている姿。

ええ・・・
旅行者風の・・・絶対に地元の人ではない。
この場所は、ふらっと立ち寄ることもない。ここで道が行き止まりだからだ。

天音は自転車を降りると、そろそろと近づいた。
手にスマホを握りしめる。

110通報といっても、パトカーが来る頃には、すでに事件が終わってからだろう。
救急車も消防車も、山を上がって下がらなければ、ここには来られない。
「ポツンと一軒旅館」なのだ。

天音は逃げ出せるように、かなり距離を取って声をかける作戦にした。

「あのぅ・・こちらに用事がある方でしょうか?」

男が顔を上げて、天音を見た。
「ここが、もみじホテル・・?」
その声は、自信なさげに聞こえた。

天音の警戒モードがワンランク上がる。
「旅館ですが・・御用件は・・?」

本当は「もみじ」ではない。「くれは」なのだが・・ここを知らない人は、そう読むだろう。

「今日、泊まれるのかな?」
男が質問した。
「宿泊はできません。営業はしていませんので」
天音は隙を見せないように、即答した。

「あらぁ・・話が違うな?」
男は目を細めてから、口をへの字に曲げて、ボロボロのリュックに手を突っ込んで何かを探している。

天音は、この男が不審者かどうか・・・どうやって判断するか逡巡していた。。


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