妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音
今晩ここで泊まると、私と二人きりだし・・
食事は・・・どうするか、天音は、躊躇しながらも、女将の役割をやろうと決心した。

幼い時から、祖母や母の振る舞いを見て育ってきた。
女将の英才教育、それなりにできるはずだ。

「わかりました。お部屋の準備をいたします。夕食は鍋になりますが、よろしいでしょうか。
あと、宿泊料はいただきません。サービスで結構です。」
この旅館の最後のお客さんなのだ。

部屋は一番いい眺めの良い、2階の角部屋に決めた。
有名な作家が長逗留(ながとうりゅう)して、そこで執筆したという逸話のある部屋だ。

久遠は天音の決意を聞いて、目じりを下げて人懐っこく笑った。
「いいね、ジャパニーズスタイルのホテル・・期待してたんだ」

期待できるものは、何もないけれど・・・天音は説明を続けた。
「申し訳ありませんが、露天風呂は元栓を絞めているので、使用できません」

「そっかぁ・・残念!!」
久遠は外国人らしく、肩をすくめた大きなジェスチャーをした。

「それでは、お部屋にご案内いたします」
そう言うと、自転車のかごからレジ袋と日本酒のびんを取り出した。

「食事には、酒もつけてくれるの?」
久遠は、目が早い。
「よろしければ、こちらの日本酒をおつけします。
地酒で、名水100選にも選ばれた、湧き水を使っていますので」
天音は、母の口調をまねした。
美しい和服姿の女将だった母。今は認知症だ。

天音の悩みはまだあった。
祖母と母の和服・・・商売柄、ものすごい枚数がある。
どう処分するか・・・桐のタンスには相当な高級品もあるはずだが。

天音は裏口の従業員用の木戸を開けた。
古い木造建築なので、歩くたびに廊下の板がギシギシと音を立てる。
久遠はきょろきょろして、物珍し気に好奇心いっぱいの子どものようだ。
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