妖怪ホテルと加齢臭(改訂版)久遠と天音

最後の宿泊客

昭和初期の建築は天井が低く、照明もうすぼんやりしている。

陰影礼賛のように風情があると言えば、聞こえがいいが・・障子もふすまも古ぼけている。

天音が案内をしたのは、床の間付きの10畳の和室と、控えの間の8畳のふた間が続きになっている二階の角部屋だった。

部屋に入ると、すぐに久遠が障子を開けた。

「うわっ、眺めがいいな」
眼下には広い日本庭園、その先に山並みが連なる。

「お茶を・・・お持ちします」
天音は匂いに気が付いた。
久遠からは、アジアのスパイスの匂いがする。

「やっぱ、畳・・いいなぁ」
久遠はうーんと長い手と足を延ばして、畳の上に大の字になった。

「俺は、日本のほうがなじむんかなぁ。この感じがホッとするんだ」

「あの、お茶をどうぞ」
天音は、急須からお茶を注いだ。

パスポートは外国だったが・・・名前は・・タカハラ・・日系の人なのか?

「お風呂は、こちらの部屋の内風呂をお使いください」

よっと、掛け声をかけて、久遠は起き上がるとお茶をすすった。

「俺って、猫舌なんだよね」
子どものように、フーフーしている。

「部屋の風呂って、温泉じゃないよね。」
天音はうなずいた。

「申し訳ございません。温泉かけ流しは、大浴場だけですので。
源泉は敷地内にありますが、今は元栓をしめていますから。」

天音は頭を下げて立ち上がると、久遠が手招きをした。

「ちょい、待って」
そう言いながら、リュックの中をごそごそしている。

「これ、お土産、どうぞ」
畳の上に置かれたビニール袋から、スパイスの猛烈な香りが放たれた。

「今までインドにいたんだ。
これ、紅茶とスパイス。
マサラティーにすると、すっごくおいしいから。ミルク入れてね。」

久遠は白い歯を見せて、天音に笑顔を向けた。

「お気遣い、ありがとうございます」
天音もつられて、少し微笑んだ。
大きな子どもみたいな人だ。

「こちらに、ゆかた、タオル、歯ブラシセット、お使いください。
あと、お夕飯は、お部屋にお持ちします。
ごゆっくり、おくつろぎください」

座敷の端で、丁寧に三つ指をついてお辞儀をする。

3代目女将を、完璧に演じた・・・が、甘かった事を後で知らされる。
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