朱の悪魔×お嬢様
 頭のどこかで理解している自分と―――信じようとしない、信じたくない現実の自分。

「…父様は?!」

 ハッと気が付くと老人が来た方向、廊下の先を見つめた。

 足がガタガタと震えているのが自分でも分かるくらいに、凜は恐怖心を感じていた。

 まだこの先にいるかもしれない、老人が“ヤツ”と言っていた犯人に対して。

「でも…行かなきゃ…」

 覚悟を決めると、凜は老人を横たわらせて老人に顔を寄せる。

「必ず戻ってくるから、ちょっと待っててね。…ごめんなさい」


 ―――最後の言葉をきかないで…ごめんなさい…


 そして凜は静寂に包まれた廊下を駆け出した。



 *-*-*-*-*-*-*-*-*



 父様の部屋へ行くまでに、何度吐き気を我慢しただろう。

 ついさっきまで話していた人達が肉の塊になっているのだ。

 辺りに充満する血の匂いにむせ返り、視界に映るのは飛び散った血と死体ばかり。

 死体、死体、死体―――多くの《死》。気が狂いそうだ。

 生きている人は誰もいない。生きている人の気配が全くしない、孤独な世界を凜は走る。

 父の無事をただただ願いながら。



 息を切らしながらたどり着いた父様の部屋。扉が開け放たれていた。

「父様っ!!」

 部屋へ飛び込み、目前に広がる光景に目を見張る。


 ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…


 高鳴り、早まる鼓動。

「と、う…さま…」

 無意識に喉から搾り出された声。目の前が真っ暗だった。

 凜が見たものは―――原形をとどめない多くの肉の塊。

 これだけなら『執事達だけかもしれない、父様は逃げれたんだ』と思えた。

 そう思いたかった。信じたかった。

 なのに現実は残酷にも凜のそんな思いを裏切る。

 肉の塊の中に父様の服もあったのだ。

 ついさっきまで着ていた、食事の時に凜も見た父様の服が。

 他にも、父様がいつも身に着けていた指輪が“父様の指”にはまったままの状態で転がっていた。

 手から離れた、指だけの状態で。
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