朱の悪魔×お嬢様
 何故、動揺した?自分の心を言い当てられた事に?いや、違う。この女性の声があまりにも“あの人”に似ていたからだ。

(違うっ!!この人は…茉莉亜様じゃない!!!)

 迷いや動揺を振り払い、手にグッと力を込めようとした時。

「っ?!」

 足に激痛が走り、顔をわずかにしかめる。

 すると、抑えていた力を弱めてしまっていたらしく、続けざまに体当たりをくらった。

(しまった!)

 完全に女性を離してしまう。

 女性は思ったよりも素早い動きで少し距離を取り、振り返った。

「え…?」

 それは女性の言葉だったが、私の心の中でも同じ言葉を呟いていた。

 目を大きく見開き、女性の顔を凝視する。

 多分、今までで一番驚いた表情をしている事だろう。

 女性は『茉莉亜』様に瓜二つだった。

 むしろ茉莉亜様ではないか、と思うくらいに。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、


 耳の奥で心臓の音が聞こえる程に激しく鼓動が早まり、少しずつ頭の中で映像が再生される。

 次々と思い出されていく茉莉亜様の姿、表情、仕草、声。

(いや、やめて、やめて…やめてーーーーーー!!!)

 全身ががたがたと震えた。思い出したくない。思い出させないで。なのに

「茉莉亜様…」

 ポツリと呟いていた。声に出してしまった。口にしてしまった。

 さーっと血の気の引く音が聞こえた気がした。

 一歩…二歩…と途切れ途切れに数歩後ずさる。

 この女性を殺さなくてはいけない、と頭の中では分かっていたが思い出してしまったのだ。この人にそっくりな茉莉亜様を。


 もう私はこの女性を殺せない。


 バッと振り返って全速力で走り出す。

 早くあの女性から離れたいという気持ちに加えて、本格的に“時間”が無くなってきていた事もあった。

 いくら走っても、いくら気を紛らわせようとも、もう忘れられないだろう。

 完全に思い出してしまった記憶を。茉莉亜様を。
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