朱の悪魔×お嬢様
 数分後。

 凜はお茶菓子をのせたお盆を手に戻ってきた。

 ソファの前のテーブルにそれらを綺麗に並べていく。

 美玖は座ったまま目を丸くして固まってしまった。

 “ちょっとした”お茶のはずなのに、並べられたお菓子は豪華という言葉の他にない。

 凜はそんな美玖をまた笑いそうになるのを堪え、「どうぞ」と勧めた。

「い、頂きます…」

 美玖は最初に紅茶を手にする。コクン、と一口。

「…おいしい」

「本当?良かった」

 凜が嬉しそうな笑顔を向ける。

 人にお茶を淹れたのは初めてだったので、心配だったのだ。

「はい、とっても」

 美玖も精一杯の笑顔を返し、そこでふと気付いた。

「あの、この前のお爺さんは…?」

 おずおずと尋ねる。

 多分親戚だと思うのだがここにお爺さんの姿は無く、むしろこの家の中で人を一人も見かけなかった。

 凜の表情が固まる。

「あ、ごめんなさいっ」

 聞いちゃいけない事だったのだ、と直感で気付いた美玖はすぐに謝った。

 凜は暗い表情で首を横に振る。

「いえ、違うの。あのお爺さんは…亡くなったわ」

「え、でも、この前…」

 会ったばかり、と続けようとして言葉を止めた。止まってしまった。

 凜の悲しそうな表情に真実だと悟る。

「私の名前、覚えてる?」

「名前?」

 凜がコクリと頷く。

 美玖は頭を抱えて必死に記憶の糸を手繰り寄せた。

 本人にはかなり失礼だったが、もう会うことは無いと思っていたのだから仕方がない。
< 29 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop