朱の悪魔×お嬢様
「えっと…羽須美…凜、さん?」

 凜はにっこりと微笑む。

 あってた。

 ホッと胸を撫で下ろすと同時に、あれ?と頭の片隅で名前が引っかかった。

 つい最近、この名前をよく聞いていた気がする。

(あ…)

 そこで美玖はやっと気付いたのだ。

 この人が“あの”羽須美凜だという事に。

「ごめんなさい…」

 美玖は凜から視線を逸らす。

 凜は困った顔をしていた。

「気にしないで。…さっき、父の葬式をやってきたの」

 突然の話題に美玖はどう答えていいのか分からず、黙って聞く事にする。

「自分でも驚いたんだけど、全然泣かなかったの。というか…最近、泣きも笑いもしなかったわ」

 美玖はそこで驚いて凜を見た。さっき目の前で普通に笑っていたからだ。

 凜は優しい微笑で美玖を見ている。

「だから、美玖ちゃんに会えてよかったわ。久しぶりに笑えたんだもの」

「…泣かないんですか?」

 美玖が凜にそう問いかけていた。

 自分でも何を聞くんだと驚いていたが、なんとなく聞かずにはいられなかったのだ。

 凜は一瞬驚いた表情を見せた後、俯いてしまう。

 怒ってしまったのだろうか、と不安になるが凜の顔は俯いたままでその表情は窺えない。

 2人の間に沈黙が流れる。

「昔…」

「え?」

 凜が唐突に口を開いて沈黙を破った。

「昔って言っても小学生のときなんだけど、ちょっとお屋敷の外が見てみたくなって、こっそり抜け出したことがあるの」

 凜はそこでちょっと苦笑いを見せる。

 屋敷を抜け出した、と聞いて美玖も驚いていた。

「…その時、近くの家でお葬式をやってて、小さい女の子が両手に大きい写真を抱えて…多分、その子のご両親が亡くなったんだと思うわ」

「…」
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