猫の初恋
祈りながら猛スピードで走った。

一条くんの匂いをはっきり嗅ぎ分け彼の現在の位置が手に取るようにわかる。

人の姿の時よりも猫の嗅覚の精度は高い。

たどり着いたのは、以前私と彼が壁を登って避難した廃屋のある庭だった。

もしかしたら以前のようにお兄が偶然軒下に隠れているかもと一縷の望みをかけたけど、そこにその姿はなかった。

匂いをたどって建物の周りをぐるりと回っていると、こんな声が聞こえてきた。

「猫宮はどこだ?早く猫宮を返せ」

一条くんの声だ、でも苦しそうな息遣いも同時に聞こえる。

「さあな、へへへ、もうあと10発は殴らせてもらわねーと教えてやれないな」

下卑た薄笑いを浮かべる番長の声。

「おいおいまだやんのかよ、番長さん。一条の奴ずっと無抵抗じゃないかよ。さすがに引くわ」
「ばか、黙ってろ、聞こえるぞ」

そしてこのひそひそ声はおそらく黒門の番長の仲間達の声。

「ンギーッ」

彼らの姿が視界に入ったとたんに体が沸騰するように熱くなり怒りに震えた。
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