孤独なお嬢様は、孤独な王子様に拐われる。
今から本気で飛び降りようとしている人間に駆け引きだなんて。
こんなところに人がいるなんて私も思っていなく、動揺が全面的に出てしまいそうだった。
ただ、このまま動揺していたなら間違って足を踏み外してしまうかもしれない。
「まずはゆっくりカラダこっちに向けて。落ち着いておれを見て」
それはひとつじゃない、ふたつだ。
正面から落ちていくよりは、背中から落ちたほうがおもいっきり飛べるのかな。
たったのそんな気持ちで、私は体勢をゆっくり変えた。
「───…そう、できた」
それは重い重い安堵だった。
改めて彼の顔を見ることもできたが、涙だらけの視界では唯一キラリと光ったピアスだけが入ったくらい。
声質はよく知る婚約者のものより若く、なぜか耳にスッと入ってくる。
「次から屋上にもピアノ置いてくれって…店長に頼んどこ」
ピアノ……?
目の前にいる彼から聞こえるには意外すぎる単語に、つい反応してしまいそうになった。