孤独なお嬢様は、孤独な王子様に拐われる。
「名前はなんていうの?おれは海真(かいま)」
「………っ」
やっぱり振り返らなければよかった。
ここで声をかけられたからって、私を見てくれたからって、それはただ人間として当たり前のことを彼はしているだけだ。
命を絶とうとしている人を止めている、それだけのこと。
考えただけ滑稽(こっけい)にも思えてきて、私はもういいやって、視線を街に戻した───のに。
「ゃ…っ!」
ガシッ!!と、腕が掴まれる。
いつの間にかこんなにも近くまで来ていたようで、まんまと騙された憐れな私。
「…よし、」と、まだ気が抜けないなかでも聞こえた。
「ぜったい離さないからおれ。もしきみが本当に飛び降りるなら、道連れでおれもサヨナラだよ」
「……離して、」
「結局ぜんぶ終わるんだから、罪悪感とか感じる必要ないじゃん」
びくともしない。
中性的な顔立ちからは予想もしていなかった身長差と、初めての力だ。
このひとは本当に私のことを離さない。
そう、思わせられる。
「最期を迎える場所なら、もっといいとこ知ってる。…いつか案内してあげるよ。だからそれまででいいから………生きて」
気づけばフェンスの内側。
彼に抱きかかえられながら、屋上のコンクリートに身体が倒れていた。
そこで私は、死にたい死にたいって、声を上げて泣いたんだ。