孤独なお嬢様は、孤独な王子様に拐われる。
「必ず泣きながら弾いているんです」
「…え?」
「ピアノを。…泣いているんですよ、弾きながら」
だれも声をかけることはできないという。
お客さんのなかにはそれすらパフォーマンスだと拍手している人もいるが、とくに店長さんと玖未さん。
彼らはいちばん、苦しそうな顔をして見守っていると。
「もうひとつ。…本人はとても……怪我だらけで」
「……ケガ…?」
「はい。…気になって営業後を追いかけてみたんです。そうしたら街で人にぶつかっては絡まれて、彼も殴ったりしていて。
まるで少し……それを自分から望んでいるみたいに見えました」
自暴自棄になっているのか。
それとも………その先でお姉さんや家族たちに会いに行きたいと願っているのか。
私はどうしたらいいか分からなくて、無意識にも玄関を見つめていた。