孤独なお嬢様は、孤独な王子様に拐われる。
「私は何もない人間なんです。遠坂の名前しかない。…そして娘のように思っていた乃々さんを裏切った、惨めで最低な人間です」
「………私、海真くんの家でね、いつもご飯を作っていたの」
楽しかった。
今日は何を作ろうかなって、冷蔵庫を覗く時間がいちばん。
「そこでのレシピって、必ず藤原さんが私に作ってくれていたものを真似ていたんだよ」
「……私の…、ですか」
うん、と。
恨みひとつだってない返事をすると、藤原さんの瞳が揺れた。
「海真くんはすごく喜んでくれたよ。……もし藤原さんに何もなかったら、私は海真くんをあんなふうに笑顔にすることはできていなかったね」
もう、どんな顔を向けたらいいのか分からないから。
せめて知っておいて、という気持ちで伝えた。
藤原さんの涙も、海真くんの涙も、私の涙も、財前さんの涙だって。
ぜんぶ別々なようで、実際はぜんぶが繋がっているんだと思う。
海真くん。
やっぱり夢の国は、海真くんと行きたいよ───。