孤独なお嬢様は、孤独な王子様に拐われる。




お世辞にも広いとは言えないワンルーム。

ベッドとピアノだけで部屋はほとんど埋まっていた。



「学校行ってー、バイト行ってー、帰って弾いて寝るだけ。十分でしょ、そんな生活には」


「……聞いてみたいな」


「弾く?あーでも、残念ながらおれ“ねこふんじゃった”とかしか弾けないんだよなー」



うそだ。

さっきも自分は演奏者だって店長さんに言っていたし、“ねこふんじゃった”しか弾けない人が家にピアノを揃えるだなんて。


この人はピアノが弾けるんだ……。


私も4歳の頃から習っているが、人に自慢できるほどの腕前にはならなかった。



「それより何か食べよ。なんかあったかな…。あ、適当に座ってて」



身近にあったピアノの椅子に腰を下ろす。

鍵盤蓋は最初から開いていて、明らかに常日頃から利用されている証拠だ。


ひとつ、シのフラット。
黒い鍵盤を優しく押してみる。


近所迷惑にならない音量がまた、彼がすぐ最近まで弾いていたことが分かった。



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