孤独なお嬢様は、孤独な王子様に拐われる。
「きれいな音色ねえ…」
「お、前奏曲 第4番……か。ショパン続きだな」
ただ真剣に鍵盤に向き合う姿は、決して誰かに褒められたいとか認められたいとか、そういった気持ちは一切ないんだろうと思った。
自分が弾きたいから弾いているだけ。
言葉にならない気持ちを音にして、どこかにいる誰かに届くように。
「今度はベートーヴェンの月光 第一楽章よ」
「それにしても…暗い曲ばかり弾くんだな。あの子は」
「…心では叫んで泣いているのよ、きっと」
美しかった。
ただただ美しくて、きれいで、悲しい。
まるで大切にしていた何かが、指の隙間からするするとこぼれ落ちていくみたい。
心では叫んで泣いている────……。
今も表面に涙を見せて聴いている私とは反対に、彼は誰にも見られない心で泣いているというのだろうか。