さよなら初恋観覧車
 ※※※

 家族4人での空中散歩を終えた姪は、赤い頬をさらに真っ赤にして、「もう一度」と観覧車を指さした。

 もう帰ろうと言わんばかりの兄夫婦と可愛い姪の間で、おれは考える。
 そして兄にとびっきりの「おねだり」をした。


「ゴメン、もう一周だけ、いい?」


 そうして勝ち得た十分弱、二人きりのゴンドラの中で、澪は頬をゴンドラのガラスにくっつけてずっと外を見ていた。
 何が面白いのか、おれにはわからなかった。
 まだ十歳の女の子。


『みおね。大きくなったらねえ。はるくんとねえ。けっこんするの』


 おれは知ってる。それが叶わないことを。叔父と姪は結婚できない。そう決まってる。


「澪」

 おれは、必死に言葉を選んだ。

「おれは澪の魔法使いになりたい。ずっと、澪の特別がいい」

「……とくべつ?」

「でも、……澪の王子様にはなれないんだ。ごめん」

「……」


 観覧車のてっぺんで言えたのはそれだけだった。それっきり、おれは澪に何も言えなかった。

 澪も何も言わなかった。
 
 許してほしい。こんなダメなおれを許してほしい。
 君の特別でありたい。
 君の視界に映りたい。
 君がどんなひとと幸せになっても、君の心の隅に残っていたい。
 誰も知らない、おれしか知らない君の顔を誰にも見せたくない。本当は。

 だから、おれが君の魔法使いでいることを、許してほしい。



※※※



 あたしは涙をぬぐい、開かれた扉に手を掛ける。
 先に差し伸べられる手は取らない。
 赤い目で、暗い空を見上げる。
 
 乗り込んだ時とは違う冷たい風が吹いていた。

「帰ろうか、澪」

「うん」

 とぼとぼ歩きながら――イルミネーションなんか目に入らなくて、伝えられた言葉だけが目の前をくるくる回っていた。
 
 そしてあたしは途方にくれ、背後にそびえたつ巨大な観覧車を見上げた。

 巨大な輪が、ぎらぎら光りながらゆっくり回っていた。


 天は割れても擦れてもいない。
 その代わり雪が降ってくる。
 きっと空が摩れた欠片。

「……へんなの」

 彼はあたしをみた。
 まっすぐに見た。
 あたしは鼻をすすり、ため息みたいに長い息を吐いた。
 白い煙が、ふわっと舞った。

「あたしたち、同じ場所に戻ってきちゃったね、叔父さん(・・・・)

 叔父さんは、何も言わなかった。
 ただポケットに手を突っ込んだ。

「ノンアル、飲んでみたい」とあたしは言った。

 叔父さんは小さな声で「ああ」と応えた。




 あたしたちは歩き出す。


 きっともう二度と、あたしは叔父さんのことを「陽くん」とは呼ばない。
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