一番星にキス。
 ライブのための準備と称して、落合さんが私を呼び出したのは次の日曜日だった。

「まずうちわを作りましょう」

 眼鏡を光らせて、落合さんはエコバッグを握りしめた。エコバッグには、しっかり六等星BLOOMの柄がプリントされている。

「テスト前なのにテスト勉強しなくてもいいの?」


 化粧をする口実ができた私は、ちょっとおしゃれをしていた。対する落合さんは休日なのに制服だ。

「テスト勉強はこのあと図書館でやります」

「あ、テスト範囲でわかんないところあるんだ、一緒にやってもいい?」

「もちろんですよ。私でよければですけど」

「勉強道具持ってくれば良かったな」

「ルーズリーフあげます。ペンの予備もありますし。どこをやりたいですか」

「数学Ⅱ」



 落合さんとは、こんな会話もするようになった。

 アイドルとしての尊の話を自然とできるのが、落合さんしかいないからだと思う。

 前だったら、落合さんみたいな人とは多分関わりもしなかっただろうけれど。意外と。


意外と、楽しいな。


 百円ショップのコーナーを物色している落合さんは生き生きしている。


 私はそんな彼女の後ろ姿をじっと見ている。綺麗に結われたお下げの後ろ頭。

「小鳥遊尊の色は緑なので、緑のモールで飾りましょうか」

「えっ、緑なんだ?」

「昨日発表になりましたよ、見てないんですか」


 見てなかった。
 緑色のモールと大きなうちわの土台と、あと「こっちみて☆」という文字の……パネル?

「こんなのも売ってるんだ」

「最近の百均はオタクに優しいので」

 ふっふっふ、と落合さんが笑った。前だったらびっくりしたかもしれない、その笑い方にも慣れた。

「なんか、……別れてから、誰かとこうやって出かけるの久しぶり」

「そうなんですか? 野宮さんっていつもキラキラした人たちに囲まれてリア充してるイメージでした」

「そうだったの?」


 どちらかと言えばそれは、尊めあてに群がってきていた女の子たちだったと思うけど。

 げんに、私の周りには今、誰もいない。

 落合さんしかいない。


「なんか、落合さんと会ってから、私も知らなかった私が次々出てきちゃうな……」

「……そんなもんじゃないですかね?」

 落合さんはかごに入れたうちわの材料を見つめた。

「誰だって自分のこと、全部知ってるわけじゃないですよ。それは特別変なことじゃないと思います」

「落合さんって、たまに悟ったこと言うよね」

「そうですかね?」


 私は黙ってうなずいた。

 落合さんは笑って、何も言わずに会計コーナーへと向かった。
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