一番星にキス。
 程なくして尊は宣言通り私の家の玄関前まで来た。
 私は慌てて支度をととのえ、見苦しくない格好に着替えて、カーディガンを一枚羽織り、色つきリップを一塗りして玄関に出た。

「尊、一体何……」

「星、見に行くぞ」

「ほ、ほしぃ!?」

「そ、星」

 何の説明もなく、自転車の後ろに乗るように(うなが)される。

「自転車の二人乗りはちょっと……だめなんじゃない?」

「いいから。……秘密の場所、連れてくから」

「……ばれたら大変だよ、また……この前の炎上みたいになっちゃう」

「それなら、ばれてもいい」


 尊はあっけらかんと言った、私はびっくりして目を丸くした。


「ばれても、良いって……」

「――乗って、いちご」


 いつもよりなんだか甘えたな声に促されて、自転車にまたがった尊の背に抱きつく。

 久しぶりの感触に泣きたくなる。
 
 それから尊は「いちごのこと、お借りします」とお母さんに一言言ってから、ペダルに足を乗せた。



「ちゃんとつかまってろよ」

 自転車が走り出す。秋の気配が漂う深夜の匂い。

 東京も郊外のこの地域は、ちょっとだけ星がきれい。


「尊、疲れてないの」

「疲れてない。いま、いちご補充してるから、全然疲れてない」

「……そうなんだ」

 私は尊の背中に頭を預ける。
 
 尊のにおいがする。

「なんかさ」


 私が言葉を選ぶと、尊が自転車をこぎながら続きをうながした。

「うん?」

「アイドルになったら、尊は変わっちゃうんじゃないかと思ってたけど」

「変わるわけないだろ。変わったか?」

「変わってない。匂いも、感触も、尊のまんま」

「そうか。いちごはちょっと痩せたかな」

「え、ええ? うそ!」

「冗談」


 人も車も絶えた道路をゆるゆると蛇行しながら、ここに警察が来ちゃったら大変だな、なんて考える。悪い子だ。


「どこに行くの?」

「星の綺麗なとこ。そんで、誰にも邪魔されないところ」


 私は空を見上げる。空にペガススの四角形がある。

「……カシオペア、アンドロメダ、ペルセウス」

「どれどれ?」

「尊は前見て!」

「後で教えてよ、いちご」

「ん」



 私は尊の背にぴったりと耳をつけた。尊の心音が早鐘のように鳴っていた。
 
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