一番星にキス。

 尊と恋人になったのは一年前のこと。

 からだは成長していくのに、ずっと、ずうっと平行線。

 そんな距離感にお互いにやきもきしていた気がする。
 

 告白してきたのは、尊の方だった。
 六月の半ばのことで、まだ梅雨が明けないジメジメした放課後のこと。
 
 率直な言葉は、梅雨の陰鬱をばっと吹っ飛ばす。


『俺の彼女になって、いちご』

『えっ』


 『彼女』。たったその一言でぼっと頬が熱くなった。

 ひとつ傘の下でそんなことを言われた日には、のぼせ上がってしまう。

 
 なんたって、田中尊だ。
 
 幼なじみで、顔が良くて、ファンクラブなんかが非公式でできてしまうくらい、顔の整った、気心の知れたともだち……うん、友達。
 私が勝手に好意を抱いているだけの、友達だ。


『あ、あはは、何かの罰ゲームとか……』

『いちご。俺のこと、こういうときに冗談言う男だと思ってたわけ?』


私はふよふよと視線をそらした。今度は『男』という言葉が耳から離れない。
 

『冗談抜きに、考えておいてくれよ、いちご……』

 そう言いかけた尊の腕に、私は思いきってしがみついてみる。
 
 尊は目を丸くしてじっと私のつむじのあたりを見た。

『いちご?』

『わ、私だって、好きな人にそんなこと言われたら、恥ずかしくなっちゃうんだぞ』

 うん、嘘じゃあない。本当だった。

 私は尊がずっと好きだった。
 好きだったけど、一歩踏み出せなかった。
 だって相手は、アイドルを目指してやまない、大事な幼なじみだったから。

『……こんなに大胆なのに?』

 つむじのあたりで尊の声が笑ってる。
 私はさらに真っ赤になって、腕に抱きついたの痛かったかなとか、あ、尊の肩のところめっちゃぬれてるじゃん、とか、傘小さいなとか思った。

 現状は思考を置いてきぼりにして、尊は長い腕を伸ばし、傘を差しているのとは逆の手で、私の頭をなでた。

『うれしい。両思いだ』


 尊を見上げると、きらきらと笑っていた。ああ、モデルか、アイドルみたい。

『そ、そだね……』

 顔面偏差値の高さに気圧されてしまって、私はうつむいたけど、尊の温かい手は私の頭をなで続けていた。
 ずうっとなで続けていた。

 私はようやく我にかえり、尊の手をそっと振りほどいた。

『ね、尊。私犬でも猫でもないんだから、そんなになでないで』

『なでやすい位置にあるのが悪い』

『尊……』


 犬か猫か、そういうものだと思ってるのかな。私はふくれる。尊はそんな私の頬に、ゆっくり唇を寄せた。小さなリップ音。

『びゃっ!?』

『かわいい彼女にキスしちゃった』

『尊~~ッ!』


 始まりから甘ったるい少女漫画のヒーローみたい。
 知らなかった彼の一面を垣間見るたびに、どきどきした。同時に、私も知らないような私の「女の子」の部分をたくさん、思い知らされた。

 そう、尊は私にとって自慢の恋人なんだ。

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