一番星にキス。
 放課後の待ち合わせ場所はなんてことない。
 私は遊具を2つ3つならべた公園で、隅のベンチに腰掛けて、スマホで動画見てるふりしてた。

 時間になると、普段着の尊がやってきて、横に座る。
 前よりすこし、距離を開けて。

 私たちはどう見えるだろう。恋人のままかな。
 それとも、友達かな。

「いちご、おつかれ」

 普段と変わらない声音の尊。ちょっとだけ泣きそうになった。

「尊……」
 尊の顔には少し疲れが見えた。それはそうだ。
 慣れない場所に行って、新しいことをやっているんだから、疲れちゃうに決まっている。

 私は真っ先に「会いたかった」って言おうとして、口をつぐむ。

 そんなのメッセージでも言ったじゃん!

 重たくない?

 アイドルの彼女として重たくない?

 っていうか、アイドルの彼女って、何?
 尊はアイドルになるっていうのに。私、何やってんの?

 メッセージに子犬みたいに喜んで、「会いたい」なんて言った自分が恥ずかしくて、うつむく。

 私は、アイドルになりたいって尊の夢を、応援しなきゃならないのに――。

 けど。

「……俺も会いたかったよ」

 尊が小さな声で言った。
 それから手を伸ばして、私の膝の上の手を握った。

「えっ?」

「メッセージの返事。……会いたいって、言ったろ」 
 
  尊は穏やかに笑った。それから、ゆっくり私の指をひらき、固く閉じた貝殻のように握りしめた。

 こんなことしたら、恋人同士にしか見えない。

 だめだよ尊。

「アイドルって大変だなぁ、って思うたびに、いちごの顔が思い浮かんでさ。だから、……会いたかったよ」

 私は何も言えずに、うつむいたままそれを聞いていた。
 
 尊が研修生として入ったアイドル事務所は、原則として恋愛は禁止。
 だから、私たちは表向き「別れる」という選択をとった。

 でも、まだ、隠れてつきあっている。

 アイドルに恋人だなんて、そんなの。
 
 いずれ尊のファンになるひとたちを裏切ることになってしまう。
 
 ほんとは、
 
 ほんとうは、尊のこと、誰にも見せたくないけど。
 
 誰にも渡したくないけど。
 
 でも、尊の夢だから。


 ほかでもない尊の夢だから、応援しないと。



「やっぱり、こういうのはだめだよ、尊。もっとアイドルに集中しなくちゃ」

 私は絞り出した明るい声で、尊の手を振りほどこうとしたけれど。

 尊は手を離してくれなくて。

「私ね、やっぱり、その……尊は、アイドルに集中したほうが、」
「何があっても俺の一番はいちごだから」

 尊の目はあのときと同じだった。尊の方から告白してくれたときと、まったく、同じだった。

「いちごのことは俺が守るから。……絶対に守るから」

 私は見開いた目にしぜんと涙がたまっていくのを、止められなかった。

「……なんで」

「世界で一番好きだから」

「だめだよ。アイドルは、ファンのことを大事に、しなきゃ、そうした方が、いいよ」

 言いながら、私の目からはぼたぼた涙がこぼれていた。
「や、やっぱり……わ、別れた方が……」

「うそ。いちごだって俺のこと好きなくせに」

「ちが、好きだから、好きだから夢を叶えてほしくて、……だから」

「じゃあ、なんで泣くんだよ」

 私は何も言えずに泣き出した。もう、涙が止まらなかった。
「……いちご」

 尊は私の涙を何度も拭いながら、私の目を見据えた。

「いちごが好きだ。これまでも、これからもずっと。俺がどこへ行っても、何になっても」

 そして――。

 私はこの日のことを一生忘れないと思う。
 初めて、大好きな人とキスをした日のこと。

 ふれあった唇は柔らかくて熱くって、ちょっとしょっぱかった。
 
 私の涙の味だった。



「これからも、俺と付き合ってください」

 尊は至近距離でささやいた。私はまた泣きながら、うなずいた。


 この日から、――私たちの秘密が始まった。
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