糖度98%楽観的恋愛
ぱし、と手首を掴まれて引き止められる。
やや驚きながらも振り返ると、ニヤニヤ笑っている滝沢先生がいた。
「中谷、やっぱ結構おもしれぇかも」
「はあ……」
予想外のことが起こると間の抜けた返答しかできない私は、眉を寄せながら滝沢先生の手から逃れようとちょっとだけ腕に力を入れてみた。
しかし滝沢先生の手は離れない。
「お前こそ、何でこんなとこいんの?」
「眠たいから、寝れるところ探してました」
「保健室来りゃいーのに。いつも来てたろ」
滝沢先生から目を逸らして黙り込む。
「……あ」
すると滝沢先生はようやく合点がいったらしく、おかしげに目を細めた。
「あー、なるほど。もしかして昨日のこと気にしてんの?」
今更思い出したかのような反応だ。やはりこの男にとって昨日のキスなど戯れに過ぎないのだろう。
悪戯に生徒に触れるな、いっそチクってやろうか、と心の中で毒を吐きながら、素っ気なく言葉を吐き出す。
「…別に」
「は、カワイイとこあんじゃん。中谷ならあんなの全然気にしねぇと思ってたわ」
「それ、私のこと誰とでもキスする尻軽って言いたいんですか?」
睨み付けると、滝沢先生は何がおかしいのかクックッとさっきよりも楽しそうに笑う。
「“先生”に“いきなり”キスされたのは初めてでした。行為自体に慣れてても、状況が違えば話が変わりませんか?」
私はわざとらしく言葉を強調しながら訴えた。
滝沢先生が手に持っていた缶を横に置き、ゆっくりと立ち上がる。
「中谷、キスしてい?」
「……はあ?」
聞き間違いかと思って聞き返したが、滝沢先生はゆるりと口元に弧を描くばかりだ。
「“いきなり”じゃなければいいんだろ」
「……は? いや、ちょっと待っ……」
言葉は途中で飲み込まれた。
滝沢先生の唇が私の唇に重なっている。
いつの間にか滝沢先生の手が私の頭を支えていて、驚いて「え」と声を漏らしたその口の隙間から、熱い舌が割り込んできた。
「ふっ、んん」
舌と舌が絡み合う。いつもなら受け入れるところだが、展開が急すぎて頭が追いつかない。
しかも相手は滝沢先生。
拒まなければと自分の手を滝沢先生の胸に置いて押し返そうとしたが、それよりも先に舌が口腔内で気持ちいい動きをするから力が抜けた。
かなり慣れているというのが嫌でも分かるくらいキスがうまかった。
そりゃこんなイケメンなら女性経験も豊富だろう。
けれどこんなクズ教員の舌で感じるのも何だか癪で、ガリッとその舌に歯を立てた。
「……あ?」
私から唇を離した滝沢先生の声が低くなる。
「今、噛んだ?」
怒っているようなのに愉しげなのが何だか怖かった。
「ふうん。反抗的じゃん。躾けがいありそ」
「……あの、もう帰っていいですか。先生に手を出されるためにここに来たんじゃないので」
「っふ、はは、やっぱおもしれー。俺とキスしといてそんな冷静なんだ」
「冷静じゃないですよ。顔に出ないだけです。内心ドン引きしてます」
早口で今の心情を述べれば、滝沢先生はまた弾けるように笑った。