涙を越えて

第十話 挑戦

『何度も、何度でも』

 何気ない仕草、無防備な表情
 無意識に見てると気づいた瞬間
 パズルの最後の一つを見つけた気がした
 ずっと探し求めていたもので、だけど見つからなかったもの

 それは『愛』という感情
 いつまで隣にいれるかなんてわからないけれど

 何年もの時が経っても君への『愛』が消えないなら
 そんな人生も悪くない
 そう、思った

 目を逸らしていた 見ないフリをしていた
 真実(しんじつ)の自分を見つけた瞬間
 世界が輝いて見えたと思った
 僕にとって大事なもので 君にとっても大切な事で
 
 それは燃えるような『情熱(じょうねつ)
 胸に秘めていた想いを ただ心の向くままに

 何度も 何度でも
 君に『愛してる』と言えるのなら
 そんな自分も悪くない
 そう、思えた

 何度も 何度でも
 君に『愛してる』と伝えられるなら

 何年もの時が経っても君への『愛』が消えないなら
 それを胸に抱いて生きていこう
 そう、思った……



 氷月が作った曲、『何度も 何度でも』を通しで歌ったばかりの俺は軽く息を整えた。
「はい、OK!いいよ、嵐!こんなに上手くなるなんて吹雪のお陰だよ。」
「ホント、ホント!流石吹雪ちゃんだね。僕達後ろで演奏してて気持ちいいもん。」
 氷月と風音が満面の笑顔で口々に言っている。隣で当の吹雪が照れていた。確かに俺も自分で自分の上達ぶりに驚いていた。
 この曲は難しくて、特にサビが高いのにいつも苦しめられていたのだが、吹雪の地獄の特訓のお陰で以前までは出なかった高音が出るようになったのだ。だけど……
「って、何で俺の事は誉めないんだよ!」
 思わず振り返って突っ込んだ。だってやっぱりほら、俺だって誉めてもらいたいじゃん?頑張ったのは俺なんだから……
「だってお前、いい所で音外すじゃねぇか。上手くなったって前よりかは二割くらいましになったくらいで、そんな胸を張るようなもんじゃねぇんだよ!俺の方が上手いのは変わらねぇし。」
「あはは!竜樹も容赦ないね~。でも俺は嵐の味方だよ。うん、ようやく才能が花開いたって感じ?あ、まだ蕾かな?」
「竜樹…雷……」
 もはやただの悪口と微妙なフォローに力が抜ける。しかしガクッと膝を折った俺の耳に天使の声が降ってきた。
「皆素直じゃないんだから、もう……。嵐君は本当に頑張ったよ。吹雪はただ嵐君が力を出せるように手伝っただけ。ここまで出来たのは他の誰でもない、嵐君だよ?」
「南海ちゃん……」
 顔を上げると南海ちゃんが柔らかい頬笑みで俺を見ていた。何だか胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
「や、やっぱりボーカルは俺じゃないとな!もっともっと上手くなって、驚きで何も言えなくさせるから覚悟しとけよ!」
「あ、嵐……」
 恥ずかしさで顔を赤くしながら捲し立てると、隣で吹雪が残念そうな顔をしていた。
 うん、わかってる。でもどうしたらいいかわかんなくてテンパっちゃったんだよ!
「嵐、まだまだね……」
「……何かごめん」
 色んな意味でまだまだな自分を反省した俺だった……



 すっかり七人での練習に慣れてきたある日、竜樹が慌てた様子でスタジオに入ってきて唐突にこんな事を言った。
「皆!オーディション受けてみねぇ?」
「はぁ?何だよ、急に……」
 息を切らした竜樹に冷たく返すと、俺の事なんか無視してキーボードに向かっていた氷月の前に駆け寄って行った。
「実はさ、この間練習の時に録った曲をオーディションに出したんだ。」
「な、何だよ、それ!?勝手な事すんなよな!」
「嵐、うるさい。それで?」
 氷月に一喝されて思わず黙る。それでも恨めしげに竜樹を睨む事はやめない。だってそうだろ?俺や皆に無断で持ち出して勝手にオーディションに出すなんて。
「でさ、今日その結果がきたんだけど、一次審査通ったんだ!」
「えぇ~~!それマジ!?」
 奥で退屈そうにしていた雷が大声を出す。あまりの大きさに南海ちゃんが飛び上がった。
「あ、ごめん……」
「う、ううん……大丈夫。」
「それ、本当?」
「本当も本当。ほら。これ、一次審査通過のお知らせ。」
 竜樹は持っていた紙を氷月のキーボードの上に広げた。途端、俺以外の全員がその周りに集まった。出遅れた俺は仕方なくその場で聞き耳を立てる。
「……本当だ。確かに一次審査通過って書いてある。」
「ちょっとちょっと!これって凄い事よね?このオーディションの開催元って大手のレコード会社のでしょ?もし受かったら……」
「もちろんデビューが約束される。」
 竜樹の言葉に風音と吹雪が固まった。そして俺も。

 今、竜樹は何て言った?デビューとか言わなかったか?デビューってまさか……
「プロデビューも夢じゃない、か。」
 氷月がボソリと呟く。そして顎に手を当てながら徐に立ち上がった。
「氷月……?」
「『the natural world』を結成して三年。やっとこの時がきたって事かな。ねぇ、皆。僕はこのオーディションがチャンスだと思うんだ。ここは一つ竜樹の勝手は棚に置いて、この件を考えてみたらどうだろう?」
 氷月が皆を見回しながらそう言う。そして最後に俺と目が合うとにこりと笑った。それはあの悪魔の微笑みではない、今ではレアな氷月の心からの笑顔だった。
「いいじゃん、受けようよ!こうしてチャンスが廻ってきたんだ。やらない方が損だよ!」
「雷の言う通りだよ。僕もここで勝負をかけたい。」
「あ、あの~……雷も風音も盛り上がってるとこ悪いんだけど……」
「ん?吹雪どうした?そんな顔して。」
 何とも言えない顔をして手を上げた吹雪を、不思議そうな表情で見つめる竜樹。吹雪は一瞬南海ちゃんと目を合わせた後、深呼吸して言った。

「私達の事はどうするの?」
「は?どうするって?」
「私達別にメンバーな訳じゃないじゃん。ただ一緒に練習してただけで。だから……」
「何言ってんだよ。もうメンバーみたいなもんじゃん。っていうかメンバーだって思ってるし。それにオーディションに出したのは吹雪も歌ってたやつだし、南海ちゃんのキーボードも入ってる。今更そんな事言われてもな。」
 苦笑混じりに竜樹が言うと、雷も明るく言い放った。
「既成事実ってやつだね。問答無用で二人も参加だよ~」
「でも……」
 南海ちゃんの視線を感じて顔を上げると、心底不安そうにこっちを見ていた。
「何だよ……」
 気づくと全員の視線が俺を射ぬいていた。
「嵐、君次第なんだけど。どうする?この展開。」
「どうするって……」
 先程の純粋な笑顔は何処へいった、氷月!こえ~んだけど!
「俺は……」
 もちろんデビューはしたい。その為に頑張ってきたんだ。オーディションを受ける事自体は大賛成だしな。
「み、皆がいいようにすればいいじゃん。俺は……何の問題もない。」
 言い終わった後、誰とも顔を合わせられなくて下を向く。
 その時小さい声で『ありがとう』って聞こえた。それは吹雪の声だった。

 五人で始まったこの空間に二つの風が吹き込んできて、いつの間にかそれが当たり前になっていた。今更無くなるなんて考えられなかった。
 だから俺は今の素直な気持ちを伝えただけ。ただそれだけなのに。
 チラッと見えた二人の嬉しそうでそれでいて泣きそうな顔に、何故かこっちも同じ顔になっていくように感じた……
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