涙を越えて

第十一話 そして、運命は

 オーディションを受けると決まってから俺達は、毎日のように練習に明け暮れた。
 それぞれバイトや勉強があったから全員が集まる事はそう多くなかったけど、来れる人が来て自主練したり合わせたりして今まで以上に熱心に取り組んだ。
 そしてオーディション二次審査の前日。通し練習が終わった後、氷月が立ち上がって言った。
「今日はこれで終わろう。これ以上やって明日の本番に差し障りがあったら元も子もないからね。」
「えぇ~!もう少しやった方がいいんじゃねぇ?特に誰かさんが心配なんだけど。」
「……おい、誰かさんって俺の事かよ!」
「あれ?俺嵐の事だなんて言ってねぇけど?被害妄想も甚だしいな。」
「てっめぇ~~!!」
「はい、ストップ!」
 竜樹に殴りかかりそうになった俺を吹雪が止める。怒りに任せて振り向いたけど、俺の肘の所を吹雪が掴んでいたのを見て瞬時に固まった。
「あ、ごめん……」
「いや…大丈夫……」
 気まずそうに手を離す吹雪に、何だか俺も変に意識してしまった。一瞬、俺達の間に微妙な空気が流れた。

「これ以上練習しても疲れるだけだからもう終わりにしようって言ってるんだ。それにこんな事で喧嘩して嵐の声が潰れちゃったらどうするの、もう……。止めてくれてありがとね、吹雪。」
「どういたしまして……」
 氷月の言葉にまだ微妙な表情の吹雪が答えると、風音がため息をついた。
「竜樹の気持ちもわかるけど、僕も氷月の言う通り今日はもう帰った方がいいと思う。ゆっくり休んで明日の本番でベストを尽くす事が大事だよ。」
「そうだよー。今日は皆で焼き肉でも食べて英気を養おう!」
「「お前はただ食べたいだけだろ!!」」
 雷の宣言に俺と竜樹の声が完璧にハモった。南海ちゃんがツボに嵌まったのか、くすくす笑ってる。
「焼き肉はともかく、今日はこれで解散。明日は8時にここに集合ね。」
「え~…焼き肉行こうよ~」
「本番終わったらお疲れ様会するって事でどう?」
 吹雪が雷のあまりの落ち込みぶりに同情してそう言うと、パッと顔が明るくなってスティックを持ちながら万歳した。そんなに食いたかったのかよ……
「じゃあ焼き肉は明日だね。さぁ、さっさと片付けして帰ろうか。」
 そう言うや否や、本当にさっさと片付けを始める氷月。すると他のメンバーもそれに倣って片付けと帰り仕度を始めた。
 俺もマイクスタンドを片付けながら、ふと思った事を呟いてみた。
「っていうかこれって氷月がリーダーっぽくなってねぇか?じゃあ俺の役割って一体……?」
「え?今更?」
「…………」
 吹雪の鋭いツッコミが心にグサッと突き刺さった……



 そしてオーディション当日。
 氷月が俺と吹雪のツインボーカル用にアレンジし直した『何度も、何度でも』を、大手レコード会社から来た審査員三人の前で歌う事となった。
「…やべっ……」
 メンバーが楽器をスタンバイしている間、俺と吹雪はマイクスタンドの前で待っていた。その時今朝まで全然緊張してなかったのに急にドキドキしてきて、手に嫌な汗が滲んできたのだ。その手でマイクを握ろうとすると面白いくらい滑る。
 ……ヤバい!焦って額やこめかみからも冷や汗が流れてくる。どうしようかと動揺していると、吹雪が俺の手をぎゅっと握ってきた。
「っ!」
 ビクッと体を震わせて隣を見ると、吹雪は前を向いたまま口パクで何かを伝えてきた。
「?」
『大丈夫。大丈夫だよ。』
 そんな風に見えた。本当は違う言葉だったかも知れないけど、何故だかそう確信した。俺は前を向いて一度大きく頷く。そして自然に二人の手は離れて……
 その時にはもう、汗はひいていた。
「ではお願いします。」
 審査員の一人が合図を出す。瞬間、この空間は俺達の音に包まれた。



 二週間後、オーディションの結果が出た。
 スタジオ宛に届いた1通の封筒の中に俺達の行く末が入っている。封筒を開ける氷月の手元に全員の視線が集まった。
「いくよ。」
 氷月の言葉に頷く。皆が見守る中、それが開かれた。結果は……

『落選』――その文字だけが俺の目に焼きついてしばらく離れなかった……
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