涙を越えて
第十四話 ついにデビュー
『earth』が用意してくれたスタジオは、氷月んとこのスタジオとは比べ物にならない程の広さと設備だった。
まず、メンバーそれぞれに個人練習用のブースがあって、全てが防音仕様。それに加えて俺と吹雪のボーカル組には、各々の個人レッスン用と二人用の部屋、つまり三部屋もあてがわれた。
「い、いいのかな。こんな贅沢な環境で練習なんて……」
風音がそう言うと、南海ちゃんもおずおずと自分のキーボードに近づいて言った。
「新しいの買った方がいいかな。こう広いともう少し音質が良いものじゃないと音が響かなそう……」
「確かに。僕も買おうかな。ちょうど買い替え時かなって思ってたから。そうだ、南海ちゃん。今度の週末、一緒に買いに行かない?」
「え!いいの?」
「もちろん。」
「やった!じゃあ氷月君に選んでもらおうかな。」
満面の笑みで飛び上がる南海ちゃんを苦笑しながら見ていると、何だか複雑な顔で二人を見ている雷に気づいた。
「どうしたんだ?あいつ……」
「ん?どうしたの、嵐?」
「あぁ、吹雪か。んー……何でもない。さ!練習、練習!」
「?」
気のせいだよな。きっと食い意地張って何か変な物でも食べて調子悪いんだろう。
そう勝手に解釈した俺は、不思議そうな顔の吹雪に背中を向けて自分専用のレッスン室に向かった。
その時すれ違った風音の表情もいつもと少し違っていた事に気づいていたけど、その時は何とも思っていなかった……
――半年後
ついに『the natural world』のデビューが決まった。すぐに決まらなかったのはまぁ、はっきり言って俺のせいなんだけど……
デビューできるようになるにはまず俺のスキルアップが必要という事で、事務所に入ってすぐに新しいスタジオで俺専用のトレーナーさんについてもらって怒濤のレッスンが始まった。でもそれがもうきつくてきつくて。吹雪のボイトレなんて霞むくらい大変だった。そんな修羅場を潜り抜けてやっとトレーナーさんのOKをもらい、デビューを勝ち取ったのだ。
そして今日ついにデビュー曲が決まったという事で、メンバー全員が集められた。
氷月がまず歌詞が書かれた紙をそれぞれに配り、俺達は一斉に自分の手元を凝視した。
『ネオン街の夜』
「続きはまたいつか」
意地悪に紡ぐ私の口は
何処か切なげにカーブを描く
ドアの向こうの君の
シーツに染みついた残り香が
この胸をきつく締めつける
「げっ!何だ、この歌詞……」
「え~!私こんなの恥ずかしくて歌えないんだけど!」
俺と吹雪が冒頭の詞を読んだ瞬間、ほとんど一緒に声を上げる。それに続いた竜樹は反対に面白そうな声音で、
「おいおい、これは気合い入ってるな、氷月。お前らしくないけど、どうした?」
と氷月に顔を向けた。氷月は苦笑しながら答える。
「これ、作詞は社長なんだ。社長としては嵐と吹雪のツインボーカルっていうのを全面に売り出したいみたいなんだ。せっかく男女のボーカルなんだから、こういう色っぽい感じの曲を歌えば話題性があって売れるんじゃないかって。でも曲は僕が作ったから全然僕達らしくないって感じじゃないし、大事なデビュー曲っていう事で何回も作り直したりして僕としては納得のいく出来になったと思うんだけど。」
そう言って全員を見回すと風音が顔を上げた。
「とりあえず曲聴いてみようよ。」
「そうだね。聴こう、聴こう。」
雷も調子を合わせてくる。それにホッとした様子でため息をついた氷月は、鞄からデモテープを取り出してデッキに入れた。何だかんだ言ってちょっと不安だったのかも知れない。俺と吹雪は顔を見合わせて頷き合うと、ソファーに座って聴く体勢を整えた。
「いくよ?」
「おう、いいぜ。」
氷月の合図に返事を返すと目を瞑った。氷月らしい優しくて繊細な音楽が流れてくる。しばしその波に浸った。
氷月の作った曲はとても良くて、満場一致でこれでいこうと決まった。
それを事務所に報告するとトントン拍子にレコーディングが終わり、デビューの日付も決まった。そして――
「それでは今週の週間ランキングで一位に輝きました、『the natural world』の皆さんです!」
俺達の出したデビューシングルは初登場一位になって、今話題の大型新人バンドとして注目されていた。
そして今現在、歌番組に出演中です……しかも生放送だし!
「俺…やっぱり無理!歌えねぇよ、生なんて……」
トークが終わりスタンバイしている最中、突然の緊張に襲われて思わず弱音が洩れる。だって足はガクガクするわ、手は震えるわ、口は渇くわでもうパニック状態なんだもん!
「バカ言うなよ!俺だって緊張してんだよ!ギターのソロあるんだぜ?」
「ぼ、僕だってドキドキしてるんだよ?あー……手に汗かいてきた……」
「大丈夫?風音君。私ので良かったらハンカチ貸すから。はい。」
「あら、南海。随分余裕じゃないの。大丈夫?」
「吹雪こそ緊張してないの?私もドキドキしてるけど、もうこうなったらやるしかないもん。……って雷君大丈夫?」
「イントロどうやるんだっけ?あー!ヤバい、ヤバい!」
「落ち着いて、雷。南海ちゃんの言う通り、もうやるしかないよ。君のイントロがないと曲が始まらないんだから。」
「氷月は緊張しないの?流石だね~」
「僕だってそれなりに上がってるけど、今はそれ以上に感動してる。」
「感動?」
「そうだよ、吹雪。やっと僕達の存在が世間に知れ渡るんだ。僕は今、人生で一番感動してる。」
俺の一言で派生した緊張談義は、氷月のこの言葉で終了した。そしてカメラの横にいたアシスタントの女の人が、『CM明け、1分前』と書かれたカンペを出す。俺は慌ててマイクスタンドの前に立った。
氷月の言う通りだ。今日は俺達にとってこれまでの人生の中で一番心に残る日になるのだ。緊張している暇はない。この感動を胸に刻むんだ。
俺はそっと隣を見た。吹雪がじっと前を向いている。しばらく見ていると、不意に口を開いた。
『大丈夫。大丈夫だよ。』
それはオーディションの時と同じ、励ましの言葉だった。緊張がすーっと消えていく。俺は一度力強く頷くとカメラを見つめた。
3秒前!2、1!……
「歌って頂きましょう!『the natural world』で『ネオン街の夜』です、どうぞ!」――
『ネオン街の夜』
⚫嵐part
☆吹雪part
☆「続きはまた今度」
意地悪に紡ぐ私の口は
何処か切なげにカーブを描く
⚫ドアの向こうの君の
シーツに染みついた残り香が
この胸をきつく締めつける
⚫☆どんなに綺麗で甘い誘惑でも
もうあなた以外では満たされない
次の夜を欲する二人は
今日もネオンを彷徨うのさ
⚫君の一番は一体誰なの?
☆貴方の一番になるには、どうしたらいいの?
⚫☆目が合うたび、微笑みを交わすたび
そんな想いを隠してる
⚫真っ直ぐ瞳を見つめながら聞けたなら、君は応えてくれるだろうか
☆だけど弱虫な貴方は、今日も他の誰かの元に行こうとする私を
⚫☆ただ見ている事しか出来ない
⚫「今度はいつ?」
そっと囁いたその声は
消えてしまいそうな程 か弱くて
☆「そんなのわからないわ」
冷たく放った私の言葉は
自分の胸に突き刺さる
⚫☆どんなに強がって偽っても
もうあなたには隠しきれない
温もりが欲しい二人は
明日を夢見て眠るのさ
⚫誰よりも君を愛してるのに
☆誰よりも貴方を必要としてるのに
⚫☆抱き合うたび、重ねるたび
そんな風に思っているんだ
⚫力強く抱きしめながら言えたなら、君に伝わるだろうか
☆だけど臆病な貴方は、今日も腕の中から逃げていく私に
⚫☆手を伸ばす事さえ出来ないんだ
⚫☆髪に触れるたび、愛を囁くたび
口に出せない想いが溢れてく
⚫真っ直ぐ瞳を見つめながら聞けたなら、君は応えてくれるだろうか
☆だけど弱虫な貴方は、今日も他の誰かの元に行こうとする私を
⚫☆ただ見ている事しか出来ない
⚫☆少しの勇気と素直な気持ちを
その胸に抱えて
いつものネオン街へと足を運ぶ
今日もまたあなたに会いに
まず、メンバーそれぞれに個人練習用のブースがあって、全てが防音仕様。それに加えて俺と吹雪のボーカル組には、各々の個人レッスン用と二人用の部屋、つまり三部屋もあてがわれた。
「い、いいのかな。こんな贅沢な環境で練習なんて……」
風音がそう言うと、南海ちゃんもおずおずと自分のキーボードに近づいて言った。
「新しいの買った方がいいかな。こう広いともう少し音質が良いものじゃないと音が響かなそう……」
「確かに。僕も買おうかな。ちょうど買い替え時かなって思ってたから。そうだ、南海ちゃん。今度の週末、一緒に買いに行かない?」
「え!いいの?」
「もちろん。」
「やった!じゃあ氷月君に選んでもらおうかな。」
満面の笑みで飛び上がる南海ちゃんを苦笑しながら見ていると、何だか複雑な顔で二人を見ている雷に気づいた。
「どうしたんだ?あいつ……」
「ん?どうしたの、嵐?」
「あぁ、吹雪か。んー……何でもない。さ!練習、練習!」
「?」
気のせいだよな。きっと食い意地張って何か変な物でも食べて調子悪いんだろう。
そう勝手に解釈した俺は、不思議そうな顔の吹雪に背中を向けて自分専用のレッスン室に向かった。
その時すれ違った風音の表情もいつもと少し違っていた事に気づいていたけど、その時は何とも思っていなかった……
――半年後
ついに『the natural world』のデビューが決まった。すぐに決まらなかったのはまぁ、はっきり言って俺のせいなんだけど……
デビューできるようになるにはまず俺のスキルアップが必要という事で、事務所に入ってすぐに新しいスタジオで俺専用のトレーナーさんについてもらって怒濤のレッスンが始まった。でもそれがもうきつくてきつくて。吹雪のボイトレなんて霞むくらい大変だった。そんな修羅場を潜り抜けてやっとトレーナーさんのOKをもらい、デビューを勝ち取ったのだ。
そして今日ついにデビュー曲が決まったという事で、メンバー全員が集められた。
氷月がまず歌詞が書かれた紙をそれぞれに配り、俺達は一斉に自分の手元を凝視した。
『ネオン街の夜』
「続きはまたいつか」
意地悪に紡ぐ私の口は
何処か切なげにカーブを描く
ドアの向こうの君の
シーツに染みついた残り香が
この胸をきつく締めつける
「げっ!何だ、この歌詞……」
「え~!私こんなの恥ずかしくて歌えないんだけど!」
俺と吹雪が冒頭の詞を読んだ瞬間、ほとんど一緒に声を上げる。それに続いた竜樹は反対に面白そうな声音で、
「おいおい、これは気合い入ってるな、氷月。お前らしくないけど、どうした?」
と氷月に顔を向けた。氷月は苦笑しながら答える。
「これ、作詞は社長なんだ。社長としては嵐と吹雪のツインボーカルっていうのを全面に売り出したいみたいなんだ。せっかく男女のボーカルなんだから、こういう色っぽい感じの曲を歌えば話題性があって売れるんじゃないかって。でも曲は僕が作ったから全然僕達らしくないって感じじゃないし、大事なデビュー曲っていう事で何回も作り直したりして僕としては納得のいく出来になったと思うんだけど。」
そう言って全員を見回すと風音が顔を上げた。
「とりあえず曲聴いてみようよ。」
「そうだね。聴こう、聴こう。」
雷も調子を合わせてくる。それにホッとした様子でため息をついた氷月は、鞄からデモテープを取り出してデッキに入れた。何だかんだ言ってちょっと不安だったのかも知れない。俺と吹雪は顔を見合わせて頷き合うと、ソファーに座って聴く体勢を整えた。
「いくよ?」
「おう、いいぜ。」
氷月の合図に返事を返すと目を瞑った。氷月らしい優しくて繊細な音楽が流れてくる。しばしその波に浸った。
氷月の作った曲はとても良くて、満場一致でこれでいこうと決まった。
それを事務所に報告するとトントン拍子にレコーディングが終わり、デビューの日付も決まった。そして――
「それでは今週の週間ランキングで一位に輝きました、『the natural world』の皆さんです!」
俺達の出したデビューシングルは初登場一位になって、今話題の大型新人バンドとして注目されていた。
そして今現在、歌番組に出演中です……しかも生放送だし!
「俺…やっぱり無理!歌えねぇよ、生なんて……」
トークが終わりスタンバイしている最中、突然の緊張に襲われて思わず弱音が洩れる。だって足はガクガクするわ、手は震えるわ、口は渇くわでもうパニック状態なんだもん!
「バカ言うなよ!俺だって緊張してんだよ!ギターのソロあるんだぜ?」
「ぼ、僕だってドキドキしてるんだよ?あー……手に汗かいてきた……」
「大丈夫?風音君。私ので良かったらハンカチ貸すから。はい。」
「あら、南海。随分余裕じゃないの。大丈夫?」
「吹雪こそ緊張してないの?私もドキドキしてるけど、もうこうなったらやるしかないもん。……って雷君大丈夫?」
「イントロどうやるんだっけ?あー!ヤバい、ヤバい!」
「落ち着いて、雷。南海ちゃんの言う通り、もうやるしかないよ。君のイントロがないと曲が始まらないんだから。」
「氷月は緊張しないの?流石だね~」
「僕だってそれなりに上がってるけど、今はそれ以上に感動してる。」
「感動?」
「そうだよ、吹雪。やっと僕達の存在が世間に知れ渡るんだ。僕は今、人生で一番感動してる。」
俺の一言で派生した緊張談義は、氷月のこの言葉で終了した。そしてカメラの横にいたアシスタントの女の人が、『CM明け、1分前』と書かれたカンペを出す。俺は慌ててマイクスタンドの前に立った。
氷月の言う通りだ。今日は俺達にとってこれまでの人生の中で一番心に残る日になるのだ。緊張している暇はない。この感動を胸に刻むんだ。
俺はそっと隣を見た。吹雪がじっと前を向いている。しばらく見ていると、不意に口を開いた。
『大丈夫。大丈夫だよ。』
それはオーディションの時と同じ、励ましの言葉だった。緊張がすーっと消えていく。俺は一度力強く頷くとカメラを見つめた。
3秒前!2、1!……
「歌って頂きましょう!『the natural world』で『ネオン街の夜』です、どうぞ!」――
『ネオン街の夜』
⚫嵐part
☆吹雪part
☆「続きはまた今度」
意地悪に紡ぐ私の口は
何処か切なげにカーブを描く
⚫ドアの向こうの君の
シーツに染みついた残り香が
この胸をきつく締めつける
⚫☆どんなに綺麗で甘い誘惑でも
もうあなた以外では満たされない
次の夜を欲する二人は
今日もネオンを彷徨うのさ
⚫君の一番は一体誰なの?
☆貴方の一番になるには、どうしたらいいの?
⚫☆目が合うたび、微笑みを交わすたび
そんな想いを隠してる
⚫真っ直ぐ瞳を見つめながら聞けたなら、君は応えてくれるだろうか
☆だけど弱虫な貴方は、今日も他の誰かの元に行こうとする私を
⚫☆ただ見ている事しか出来ない
⚫「今度はいつ?」
そっと囁いたその声は
消えてしまいそうな程 か弱くて
☆「そんなのわからないわ」
冷たく放った私の言葉は
自分の胸に突き刺さる
⚫☆どんなに強がって偽っても
もうあなたには隠しきれない
温もりが欲しい二人は
明日を夢見て眠るのさ
⚫誰よりも君を愛してるのに
☆誰よりも貴方を必要としてるのに
⚫☆抱き合うたび、重ねるたび
そんな風に思っているんだ
⚫力強く抱きしめながら言えたなら、君に伝わるだろうか
☆だけど臆病な貴方は、今日も腕の中から逃げていく私に
⚫☆手を伸ばす事さえ出来ないんだ
⚫☆髪に触れるたび、愛を囁くたび
口に出せない想いが溢れてく
⚫真っ直ぐ瞳を見つめながら聞けたなら、君は応えてくれるだろうか
☆だけど弱虫な貴方は、今日も他の誰かの元に行こうとする私を
⚫☆ただ見ている事しか出来ない
⚫☆少しの勇気と素直な気持ちを
その胸に抱えて
いつものネオン街へと足を運ぶ
今日もまたあなたに会いに