涙を越えて

第十九話 心の裡

 竜樹side

 時は遡って、2ndシングルの歌番組初披露の日。
 無事に本番が終わり、事務所での(社長による例の)反省会がやっと終了して皆揃って社長室を出ようとした時、後ろから社長に呼び止められた。
「竜樹君、ちょっと。」
「はい。何ですか?あ!俺だけ居残りっすか?」
 若干青くなりながら聞くと、社長は笑いながら手を振った。

「大丈夫だよ、そんなに焦らなくても。ほら、この間言ってたエレキギターの新モデルのカタログが手に入ったんだ。それを見せたくてね。どうだい?この後は仕事ないんだろ?」
「え、えぇ……」
 エレキの新モデルのカタログ?そんな話社長としたっけ?
 そう思いながらも笑顔で俺の返事を待ってる社長に負けて嵐達に向き直ると、両手を顔の前で合わせて言った。
「悪い!先に店行ってて。後で行くから。」
 この後は行きつけの焼肉屋で飲む事になっていた。でも社長との話が終わったら必ず行く事を伝えると、了承してくれた。雷が『わかった。早く来ないと肉なくなるよ~』と言って皆を笑わせ、俺と社長を残してエレベーターへと向かって行った。

「カタログの話なんてしましたっけ?」
 社長室に逆戻りしながら聞くと、さっきの笑顔を消した社長がソファーに腰を下ろした。
「竜樹君、君さぁ…正直どう思ってるの?」
「どうって…何がですか?」
「嵐君達の事だよ。」
「嵐達?」
 俺が頭に疑問符を浮かべていると、不敵な笑みを浮かべて俺をソファーに座るよう促した。
「単刀直入に言おう。君達のバンドをスカウトしたのは、君だけが目的だったんだ。」
「は……?」
「でも最初から君だけを誘ったんじゃ、ついてこないと思ったからね。とりあえずバンド自体をデビューさせれば、後は引き抜くのは簡単だと思って。」
「なっ……」
 開いた口が塞がらない。そしてこんな事を平気な顔して言えるこの人が恐ろしくなった。
 俺を引き抜く為だけに『the natural world』をデビューさせた?あんなに設備の整ったスタジオを用意したり、プロモーションに金かけたりしてまで俺を欲しがった理由は……?
「何故そこまでして俺を……?」
「もちろんギターの腕前だよ。後は…はっきり言って顔かな。」
「…………」
「イケメンでギターが上手くて歌も上手い。ボーカルの嵐君なんかよりずっとね。聞いたよ?嵐君といつも言い争いしてたってね。どっちがボーカルに相応しいか。」
「それは!デビュー前の話で……」
「君はあのバンドには似合わない。このままじゃ君の才能が燻ったまま終わるよ?それでもいいの?」
「…………」
 社長の言葉に反論したいけど出来ない自分がいる。確かに今の俺達は何処かちぐはぐで、居心地が悪いのは事実だ。何年も一緒にいてこんな空気になるなんて初めてだし、前まではじゃれてただけの喧嘩も、今じゃ大喧嘩に発展しそうな感じがして怖い……

「……俺がもし断ったら、どうなりますか?」
 腹の底から絞り出したような声が出た。見ると社長は笑いながら身を乗り出した。
「解散。」
「っ……!」
「ま、そういう事だね。」
「……わかりました。前向きに検討させて下さい。」
 そう…言うのが精一杯だった……
 その後の事は覚えていない。いつの間にか家に帰っていて、スマホには嵐達から何十件もの着信が入ってて、俺はそれを握り締めながら朝を迎えていた……



 社長から引き抜きの話があった事は誰にも言える訳がなく、悶々と日々を過ごしていた。
 気づいたら3rdシングルとファーストアルバムの制作と練習に入っていて、俺は皆と顔を合わすのが気まずいからと自分のブースに篭るようになっていた。
「はぁ~……」
 ため息が出る。こういう時タバコでも吸えば気分転換になるのかも知れないけど、まだ未成年でそれは叶わない。
「コーヒーでも買ってくるか。」
 とりあえずコーヒーでも飲んで頭をすっきりさせようと廊下に出た。
「あ……」
 廊下の先に吹雪の姿が見えた。思わず立ち止まる。隣には嵐がいて何やら言い合いをしていた。
「仲がよろしい事で……」
 皮肉っぽく呟くが同時に胸が大きく痛む。これ以上見たくなくて、振り返って反対方向に走った。

 そう、俺は吹雪がずっと好きだった。でも吹雪は嵐と仲が良くて、嵐の側にいる時の顔はとても幸せそうで。
 俺はそんな……嵐の隣で微笑む吹雪が一番好きなんだ。
 そしてあの日――

「吹雪、好きだ。俺と……」
 涙で濡らした顔を僅かに横に振った吹雪が消えてしまいそうで、俺は思わず抱きしめてしまった……
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