涙を越えて

第二十四話 一心同体

「来たな。吹雪も一緒か。」
 風音の病室の前で氷月を待っていると、吹雪も一緒に現れた。
「今日はちょっと家の用事があったから南海と一緒に来れなかったんだ。明日にでも来ようかなって思ってたんだけど、氷月からメールがきて一緒に行こうって誘われたから来たの。」
 俺を見て少し目を逸らした吹雪はそう言って病室の方を見た。
「風音君は?」
「肺炎だって言われて昨日は辛そうだったけど、一晩寝たらだいぶ良くなったみたいだぜ。今は南海ちゃんとお喋りしてる。顔見せてやれよ。」
「うん。」
「じゃあ僕もちょっと顔出してくるね。」
「あぁ、氷月。後で屋上に来てくれ。雷と先に行って待ってるから。」
 吹雪と一緒に病室へと入りかけた氷月に声をかけると小さく頷いた。
「じゃあ。」
 手を振り合って俺達は一旦別れた。



 屋上は思ったより寒かった。俺と雷は身を寄せながらなるべく風のこない場所で待っていた。
「あ、来た来た!氷月こっちだよ~」
 雷が最初に気づいて氷月を手招きする。俺は一度唾を飲み込むと、氷月を真正面から見据えて言った。
「お前、竜樹の事嫌いか?」
「……っ!」
「ちょっと、嵐!いきなり何言って……」
「答えてくれ、氷月。竜樹の事嫌いだから喧嘩したのか?……もう一緒にいたくないから、あいつが辞めるって言った時も何も言わなかったのか?」
 じっとその仮面のような顔を見つめた。酷い事を言ってると自分でもわかってる。今日だけじゃない、前も怒りに任せてつい言わなくてもいい事を言った。その火種が今回の氷月と竜樹の言い合いを助長させたのかも知れない。
 でもここで逃げたら俺達は前に進めない。俺は誰の事もわかってやれなかった。だけど今からなら話を聞いて理解して、心から信じ合える。だから、頼む……
「……そんな訳ないじゃない。」
「え……?」
 まるで体の奥底から絞り出すような声だった。
「僕はね、嵐。元々は君や竜樹みたいなタイプとは合わないんだ。それは君もわかってるでしょ?」
「あぁ。」
 いつもの氷月の物言いに強張ってた体から力を抜いて苦笑いする。俺は心配そうな顔で事の成り行きを見ていた雷に微笑みかけるとフェンスに凭れた。氷月も寄って来て俺の隣に立つ。

「竜樹も同じって知って逆にホッとした。」
「ホッとした?」
「だってそうでしょ。こっちが合わないって思ってるのに、あっちは仲良くしたがってるなんて。気まずいっていうかさ。」
「ふはっ!まぁ、気持ちはわかる。」
「あはは!確かにそうだよね~」
 吹き出すと雷も隣で爆笑した。
「初めて嵐の歌を聴いたのは、小学四年生の音楽の授業だった。ほら、あったでしょ。一人一人皆の前で課題曲を歌うっていうやつ。」
「そういえばあったなぁ。それで?」
「衝撃を受けたよ。」
「何だ、それ?上手すぎてか?」
「ううん。下手すぎて。」
 ガクッと膝から力が抜ける。雷がさっきよりもでかい声で爆笑した。俺は思いっ切り睨んでやった。

「でもそのちょっと掠れて通る声質に惹かれた。僕の父親がバンドマンだったから小さい頃から音楽に囲まれて生きてきた。いつかは自分も音楽の道に進むのかなぁって漠然と思ってた。その時から曲作りはしてたんだけど、僕の作る曲にはこの声が合うんじゃないかって思ったよ。」
「はぁ~…そんなガキん時からそんな事思ってたのかよ……」
 呆れながら言うと『そうだよ。』と普通に返ってきた。
「四年生くらいになると大体漢字も覚えてくるよね。その時に皆の名前の漢字を見て、何となく自分と共通点がある事に気づいた。でもそれは君達も同じだったみたいでいつの間にか一緒にいるようになって、気づいたら風音も加わってこの五人になった。『the natural world』が出来たんだ。そして皆音楽に興味持ち出して楽器を練習するようになって。僕の曲に嵐の声だけじゃなく、風音のベース、雷のドラム、竜樹のギターが揃ったんだ。」
 昔を懐かしむ目でそう語る氷月に触発され、俺も雷も遠くの景色を見ながらしばし物思いに耽った。
 何の縛りもない世界で無邪気に遊んで暮らしていたあの頃が懐かしい。
「だから僕らは一心同体。五人で一つなんだ。性格が合う、合わないなんて些細な事。僕はそう思ってきた。」
「氷月……」
「ただそれだけを思って生きてきた。だけど……もし何処かで間違ったんだとしたら、僕のせいだと思う。」
「そんなっ……!」
 急に項垂れてそんな事を言う氷月。慌てて顔を覗き込むが表情が見えない。

「実は……竜樹が抜けるって話、僕知ってたんだ。」
「え!?」
「何の用事でだったかな…忘れちゃったけど、社長室に行ったんだ。そしたら佐竹さんと社長が話してて。聞くつもりはなかったんだけど聞こえちゃってね。竜樹のソロデビューの話はもうほとんど決まってて、後は本人の返事次第だって言ってた。それを聞いて動揺して、最近変だったのは竜樹よりも僕の方だったんだ。焦ってるせいで思うように曲作りが進まなくてそんな自分にイライラして……だから、うん…悪いのは僕だ。僕が宝物であるはずのバンドを壊してしまった……」
「氷月!!」
 見ていられなくて大声を出す。それでも顔を上げない氷月。
「壊れてなんかない。」
「……え?」
「壊れてなんかないよ。一心同体なんだろ?五人で一つ……いや、今は七人で一つか。」
「嵐……」
「俺がもっとしっかりしてたら、もうちょっと上手くやれたのかな。だから俺の方こそごめん。」
「俺もお菓子ばっかり食っててごめんなさい……」
「ぶはっ!」
「くくっ……」
 雷のボケ(いや、天然?)に今までの空気は何処へやらで、俺と氷月は笑い泣きしてしまった。

「まったく…お前は何処までが本気で何処からがジョークなんだか……」
「え~!全部本気だよ~」
「はぁ~……僕の懺悔を返してもらいたいよ……」
 ため息混じりに呟いてるけど顔がニヤけてるぞ、氷月。
「という事で!帰りますか?」
「唐突だね。」
「だってさみぃんだもん。早く暖まりてぇ~!」
「俺も!もう凍えそうだよ~氷月~」
「あーはいはい……じゃあ風音の所で暖まろうか。」
「いぇ~い!」
「病院では静かに!」
「……すみません…」
 いつも通りの雷と氷月の姿を見て密かに笑う。これで一つ、心配事が減った。
 でも……まだ忘れちゃいけない事がある。もう一つの大事なもの。

「なぁ、二人共。」
「何~?」
「どうしたの、嵐?」
「風音が退院したらさ、あの場所に集まろう。」
 一瞬ポカンとした表情をしていた二人だったけどすぐに言ってる事を理解したようで大きく頷いた。
 それを見た俺はスマホを取り出して、ある人物にメールをした。

『あの場所に集まろう。日時は後で連絡する。』――
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