涙を越えて
第二十八話 初ライブ
三ヶ月という普通に考えれば短いだろう準備期間だったが、俺達にとったらとても充実した日々だった。今まで生きてきた中で一番濃く、幸せな時間だった。できる事ならこの時間が終わらなければいいな、と言ったら吹雪から『何言ってんの?本番に向けてやってるんだから、そういう訳にはいかないでしょう。』って怒られた。まぁ、そうだよな……
「はい、じゃあ休憩。一時間したらまた再開ね。」
「は~い。」
氷月の言葉に真っ先に返事をしてそそくさとスタジオを後にしたのは雷だ。俺は首を傾げながら扉を見つめた。
「何だ、あいつ?急ぎの用事でもあったのかな?」
「そういえば雷君最近、休憩になるとすぐスタジオ出て行くよ。自分のブースに行ってるのかなって思ってたんだけど。」
「あ!あいつまた部屋でお菓子食ってんじゃねぇか?前もダイエット中にこっそり食べてたぞ。」
「ん~……でも最近痩せてきたよね?僕の勘違いかも知れないけど。」
「勘違いじゃないよ。私も思ってた。顔のラインもしゅってして、前より格好良くなったみたいだもん。」
「何!吹雪お前……俺より雷の事が……!」
「バカじゃないの、もう!」
「はいはい。夫婦漫才はそこまでにして。確かに最近の雷は痩せたりこそこそしたり、何か変だよね。」
氷月が顎に手を当てながらしみじみ言うと、色々言ってた面々も『う~ん……』と唸った。
「まぁ考えてもわからないものはしょうがないね。さてと!休憩あと40分しかないよ。」
「げっ!そんな時間経った?くそ!雷め……俺の休憩時間返せ!」
「はぁ~…南海、風音君。嵐のアホは放っといて私達はあっちでコーヒーでも飲みましょう。」
「そうだね。」
「うん。」
「え?あ、ちょっと……吹雪ぃ~」
「ふんっ!」
俺の情けない声にも構わず、吹雪は短く鼻を鳴らして去っていった。風音と南海ちゃんを引き連れて……
「氷月は……っていないし!」
周りを見回すがいつの間にやら氷月もいなくなっていた。
「…………」
前はウザかった雷の能天気さが心底から欲しい!と思った瞬間だった……
そしてついにライブ当日がやってきた。
朝からソワソワして落ち着きがない俺とこんな時でも冷静な氷月。ちょっと不安そうな風音を横でずっと宥めている南海ちゃん。大あくびをして全然緊張していない様子の雷。そして吹雪は、ずっと目を瞑っていた。
「そろそろ時間だ。裏にスタンバイするよ。」
「お、おうっ!」
「何かワクワクするね~」
「雷君は緊張しないの?私なんて心臓ドキドキしてるよ。」
「そりゃ緊張はするけど楽しみたいって気持ちの方が強いんだ。」
「そうだよね!記念すべき初ライブだもんね。思いっ切り楽しもう!」
氷月に続いて控室を出て歩きながら、雷と南海ちゃんと風音が話している。俺はそれを聞きながら心の中で呟いた。
俺だって楽しみたいけど!それより緊張の方が勝ってんだよ!
今日に向けて念入りにリハーサルしたし歌詞も全部覚えたけど、やっぱりこうして生で人前で歌うっていうのは経験がないから……
「嵐。」
「わっ!何だ、吹雪か……」
ステージ裏で緊張で震えていると突然手を掴まれてビクッと体が跳ねる。見ると吹雪がいて、顔を俺の方に寄せていた。
「ちょっ……と、何だよ?」
「いいから。耳すませて……」
急に近づいてきた吹雪に戸惑ってると、そう言って目を閉じている。俺は無言で頷くと耳に神経を集中させた。
ワー!というファンの歓声が聞こえる。そして俺達の名前を呼ぶ声も。その中に微かだが『竜樹!竜樹!』という声が混ざっている事に気づいてハッとした。
「これって……!」
慌てて吹雪を見ると、吹雪はこくんと頷いた。
竜樹の事はファンの皆はもちろん知っている。ソロデビューして一旦は抜ける形になるけど必ず戻ってくる事。それまで俺らは信じて待つから、一緒に待ってやって欲しいとファンサイト等を通して発表していたのだ。
内心はちょっと不安だった。竜樹は人気があったからファンの大半がごっそり離れていくんじゃないかって。でも予想に反して俺達のファンは温かかった。
いなくてもこうして名前を呼んでくれる。忘れないでいてくれる。今すぐ竜樹に教えてやりたいって思った。
「嵐。」
呼ばれて振り向くと氷月達がいた。皆優しい笑顔を浮かべていて、竜樹コールが全員に聞こえている事を物語っていた。
「後で竜樹に教えてやらないとな。」
俺が言うと一斉に頷いた。
「そろそろ出るよ。準備はいい?」
「いいぜ。」
氷月のアイコンタクトにOKサインで答えると、ステージに向けて歩いていった。
『大丈夫だよ。大丈夫。』
その時隣から聞こえてきた声に、俺は小さく微笑んだ。
『the natural world』武道館初ライブ。
その幕が切って落とされた。
『恋桜』
⚫嵐part
☆吹雪part
☆桜が咲くのは どうして?
それは貴方に会う為よ
年に一度の この瞬間に
人生一度の恋をする
⚫別れる事が初めから
わかっているのに 何故?
年に一度の この瞬間に
一番美しく咲くのか
⚫☆綺麗に咲く花こそ
儚い命
ならば瞬きの一瞬の隙に
見事に咲いて 散っていきたい
⚫最初から 手に負えなかった
こんなに素敵な君は
僕に足りなかったのは
覚悟と勇気 そして愛
☆ただ側に いてくれるだけで
それだけで 良かった
私が欲しかったのは
温もりと優しさ そして心
⚫☆長い月日を越えて
今ここに
花が開くのは この一度きり
心置きなく 咲きましょう
⚫☆たくさんの人に紛れて
あなただけを探してた
もう二度と見逃しはしない
カメラのレンズのように
あなたを捉えよう
⚫☆綺麗に咲く花こそ
儚い命
ならばカメラのシャッターに
合わせて笑顔で 散っていきたい
「はい、じゃあ休憩。一時間したらまた再開ね。」
「は~い。」
氷月の言葉に真っ先に返事をしてそそくさとスタジオを後にしたのは雷だ。俺は首を傾げながら扉を見つめた。
「何だ、あいつ?急ぎの用事でもあったのかな?」
「そういえば雷君最近、休憩になるとすぐスタジオ出て行くよ。自分のブースに行ってるのかなって思ってたんだけど。」
「あ!あいつまた部屋でお菓子食ってんじゃねぇか?前もダイエット中にこっそり食べてたぞ。」
「ん~……でも最近痩せてきたよね?僕の勘違いかも知れないけど。」
「勘違いじゃないよ。私も思ってた。顔のラインもしゅってして、前より格好良くなったみたいだもん。」
「何!吹雪お前……俺より雷の事が……!」
「バカじゃないの、もう!」
「はいはい。夫婦漫才はそこまでにして。確かに最近の雷は痩せたりこそこそしたり、何か変だよね。」
氷月が顎に手を当てながらしみじみ言うと、色々言ってた面々も『う~ん……』と唸った。
「まぁ考えてもわからないものはしょうがないね。さてと!休憩あと40分しかないよ。」
「げっ!そんな時間経った?くそ!雷め……俺の休憩時間返せ!」
「はぁ~…南海、風音君。嵐のアホは放っといて私達はあっちでコーヒーでも飲みましょう。」
「そうだね。」
「うん。」
「え?あ、ちょっと……吹雪ぃ~」
「ふんっ!」
俺の情けない声にも構わず、吹雪は短く鼻を鳴らして去っていった。風音と南海ちゃんを引き連れて……
「氷月は……っていないし!」
周りを見回すがいつの間にやら氷月もいなくなっていた。
「…………」
前はウザかった雷の能天気さが心底から欲しい!と思った瞬間だった……
そしてついにライブ当日がやってきた。
朝からソワソワして落ち着きがない俺とこんな時でも冷静な氷月。ちょっと不安そうな風音を横でずっと宥めている南海ちゃん。大あくびをして全然緊張していない様子の雷。そして吹雪は、ずっと目を瞑っていた。
「そろそろ時間だ。裏にスタンバイするよ。」
「お、おうっ!」
「何かワクワクするね~」
「雷君は緊張しないの?私なんて心臓ドキドキしてるよ。」
「そりゃ緊張はするけど楽しみたいって気持ちの方が強いんだ。」
「そうだよね!記念すべき初ライブだもんね。思いっ切り楽しもう!」
氷月に続いて控室を出て歩きながら、雷と南海ちゃんと風音が話している。俺はそれを聞きながら心の中で呟いた。
俺だって楽しみたいけど!それより緊張の方が勝ってんだよ!
今日に向けて念入りにリハーサルしたし歌詞も全部覚えたけど、やっぱりこうして生で人前で歌うっていうのは経験がないから……
「嵐。」
「わっ!何だ、吹雪か……」
ステージ裏で緊張で震えていると突然手を掴まれてビクッと体が跳ねる。見ると吹雪がいて、顔を俺の方に寄せていた。
「ちょっ……と、何だよ?」
「いいから。耳すませて……」
急に近づいてきた吹雪に戸惑ってると、そう言って目を閉じている。俺は無言で頷くと耳に神経を集中させた。
ワー!というファンの歓声が聞こえる。そして俺達の名前を呼ぶ声も。その中に微かだが『竜樹!竜樹!』という声が混ざっている事に気づいてハッとした。
「これって……!」
慌てて吹雪を見ると、吹雪はこくんと頷いた。
竜樹の事はファンの皆はもちろん知っている。ソロデビューして一旦は抜ける形になるけど必ず戻ってくる事。それまで俺らは信じて待つから、一緒に待ってやって欲しいとファンサイト等を通して発表していたのだ。
内心はちょっと不安だった。竜樹は人気があったからファンの大半がごっそり離れていくんじゃないかって。でも予想に反して俺達のファンは温かかった。
いなくてもこうして名前を呼んでくれる。忘れないでいてくれる。今すぐ竜樹に教えてやりたいって思った。
「嵐。」
呼ばれて振り向くと氷月達がいた。皆優しい笑顔を浮かべていて、竜樹コールが全員に聞こえている事を物語っていた。
「後で竜樹に教えてやらないとな。」
俺が言うと一斉に頷いた。
「そろそろ出るよ。準備はいい?」
「いいぜ。」
氷月のアイコンタクトにOKサインで答えると、ステージに向けて歩いていった。
『大丈夫だよ。大丈夫。』
その時隣から聞こえてきた声に、俺は小さく微笑んだ。
『the natural world』武道館初ライブ。
その幕が切って落とされた。
『恋桜』
⚫嵐part
☆吹雪part
☆桜が咲くのは どうして?
それは貴方に会う為よ
年に一度の この瞬間に
人生一度の恋をする
⚫別れる事が初めから
わかっているのに 何故?
年に一度の この瞬間に
一番美しく咲くのか
⚫☆綺麗に咲く花こそ
儚い命
ならば瞬きの一瞬の隙に
見事に咲いて 散っていきたい
⚫最初から 手に負えなかった
こんなに素敵な君は
僕に足りなかったのは
覚悟と勇気 そして愛
☆ただ側に いてくれるだけで
それだけで 良かった
私が欲しかったのは
温もりと優しさ そして心
⚫☆長い月日を越えて
今ここに
花が開くのは この一度きり
心置きなく 咲きましょう
⚫☆たくさんの人に紛れて
あなただけを探してた
もう二度と見逃しはしない
カメラのレンズのように
あなたを捉えよう
⚫☆綺麗に咲く花こそ
儚い命
ならばカメラのシャッターに
合わせて笑顔で 散っていきたい