涙を越えて

第三話 バンド名の由来


 部屋を飛び出してから数十秒後、俺は風音に引き戻されて隅っこでいじけていた。
「さて、気を取り直してこちらの自己紹介しようか。」
 氷月がそう言いながら両手を広げて肩を竦める。そして続けた。
「僕はさっき会って名乗ったけど改めて。キーボード担当の永瀬氷月です。よろしく。」
 氷月が右手を出して二人と握手をしているのをボーッと眺めていたら目が合った。え?次は俺の番?やべっ……汗かいてきた……
「えっと……辻元嵐っす。ボ、ボーカルやってます。」
「貴方がボーカル?」
「え?あ、はい……」
「ふ~ん。はい、次。」
 いきなり話しかけてきたからビビって肩が跳ねる。しかし話しかけてきた本人は一瞬俺の目を見つめた後、急に興味を無くしたみたいに逸らしてしまった。な、何だったんだ……?
 でも俺を見る時の目つきとさっき俺の頭を楽譜で殴った暴挙を思うと、だいぶ気の強い性格のようだ。一番苦手なタイプだし、あまり関わらない方がいいかも知れない。

「俺は篠宮雷だ。ドラム担当。この中じゃ一番体も大きいし力もあるし、何より笑いのセンスもピカイチ!」
「声も大きいっていう項目も追加ね。」
「おおっと!吹雪ちゃんも中々だね~♪」
「はい、次。」
「僕はベース担当の平野風音です。皆より一つ年下だけど長い付き合いだから同い年みたいな感じなんだ。だからお二人も僕より年上だけど、敬語なしでもいい?」
「あら、年下なんだ。別にいいわよ。私達もその方が楽だし。ね?南海。」
「う、うん。私も気にしないよ。それにしても風音君って年下って感じしないね。一番しっかりしてそう。」
「あはは。よく言われます。」
「おいおい、そこ!勝手に盛り上がんなよ。俺の自己紹介がまだだろうが。」
「あ、ごめん。どうぞ。」
「たくっ……え~、オホン!楢橋竜樹です。ギターをやってるけど、たぶんその内ボーカルになると思うので、同じボーカル同士よろしく。」
 竜樹が女の子限定で見せるいつもの愛想笑いで微笑む。っていうか、さっきのバカ騒ぎ見られてるから今更取り繕ったって意味ないんじゃ……?……ん?ってか今何て言った?

「あれ?でもボーカルは嵐さんじゃ……」
「あぁ、これは音痴だから。」
「音痴ってなんだよ!大人しく聞いてりゃ勝手な事言いやがって!」
 ようやく何を言われたかを理解した俺は立ち上がって叫ぶ。竜樹もさっきまでの作り笑いはどこへやら、こっちを向いて牙を剥いた。
「いいじゃん。どうせ遅かれ早かれそうなるんだから!」
「だから!そうなるのが嫌だから本気になって練習してんじゃん!」
「まぁまぁ……」
「ぷっ!」
「へ!?」
「あはははは!」
 突然大きな笑い声が響いて、俺達は言い合いを止めて茫然とする。見ると吹雪っていう子が腹を抱えて笑っていた。
「ちょっ……ちょっと吹雪!」
「あはは!……あ、ごめんごめん。でも、何かバランス取れてていいなぁ、あんた達。」
「は?」
「喧嘩する程仲が良いってね。私達はあまり喧嘩しないからね。」
「そ、そうだね。でも仲は良いよ。」
「それは当然よ。家が隣同士で産まれた時から一緒なんだから。」
「吹雪ちゃんと南海ちゃんって幼馴染なんだ、へぇ~!」
『幼馴染』という単語に雷が反応する。
「俺達も幼馴染なんだよ。俺と竜樹と氷月と嵐は小一からで、風音は小二からの付き合い。」
「へぇ~!それじゃあ気の置けない関係だね。」
 吹雪って子が笑う。それは先程の豪快な笑い方じゃなくて、花が咲いたような笑顔だった。……って何だ、その恥ずかしい表現は!なし、なし!今のなし!!

「そう言えば僕らのバンド名、まだ言ってなかったね。『the natural world』っていうんだ。」
「……ふぅん、なるほど。」
 氷月の言葉に吹雪って子が一瞬考えた後、納得したように頷く。風音が不思議そうに首を傾げた。
「なるほどって?」
「間違ってたらごめんね。雷って書いて雷、氷月は氷に月、竜樹は竜巻の竜に樹木の樹、風音は風、そして嵐。全部自然界にあるものや自然現象が名前に入ってる。だから『the natural world』」
「正解!」
 竜樹が親指を立ててウインクする。いや、キメたつもりだろうがキマってないからね……?
「安直かも知れないけどそれ以外に良いアイディアが思いつかなくてね。でも僕達は皆、気にいってるんだ。このバンド名。」
 風音が微笑みながら言うと、俺も含めた全員が頷いた。
「あ!でもさ、吹雪ちゃんと南海ちゃんだって同じじゃん!」
「雷、何が?」
「だって竜樹。吹雪ちゃんは吹雪。南海ちゃんは海、でしょ?」
 雷がそう言って二人を見ると、二人共少し驚いた顔で頷いた。
「そうだ、確かに。こんな偶然ある?」
「す、凄いね。」
「よし、いい事思いついた!」
 またしても大声を出した雷に、今度は何だと皆が注目した。
「吹雪ちゃんと南海ちゃんに俺達のバンドに入ってもらおうよ!」
「は、はぁ!?」
 思わず声が出る。けどそれにも関わらず、他の連中が続々と身を乗り出して口々に言った。

「それ、いいじゃん!俺と吹雪ちゃんのツインボーカル、絶対に売れるぜ?」
「それはいい考えだね。僕と南海ちゃん二人のキーボードっていうのも斬新でいいかも。」
「僕も賛成だよ。二人共このバンドに入る条件を満たしてるし、人数が増えて賑やかなのもいいんじゃない?」
「ちょっ……ちょっと待っ……!」
「ど、どうする?吹雪。」
「うーん……入ってもいいけど。」
「「「「いいけど?」」」」
「ねぇ、貴方。」
「へっ!?」
 指を指されて固まる俺をじーっと見つめる吹雪って子。その眼力の強さに冷や汗が止まらない。メデューサに睨まれた人の気持ちが今、痛い程わかった。
「貴方、どうやら女が苦手なようね。私達が入ったとして、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫……じゃ、ないと…お、思います……」
 ダメだ、まともに喋れない……
 この子達が俺達のバンドに入る?冗談じゃないぞ!こんな調子で一緒に練習するとか一緒に歌うとか、そもそも同じ空間にずっといるとか無理だろ!
「よし、わかった。」
「え?」
「嵐。あんたのその女嫌い、私が治してあげるわ!だから覚悟しときなさいよ!治ったらバンド加入の件、考えてあげるわ。」
 瞬間、その場の空気が凍る。そしてしばらくののち、何かが倒れる音が辺りに響いた。
 それは俺が気を失って後ろ向きに倒れた音だった……
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