涙を越えて
最終章 楽園からのハーモニー

第三十話 活動休止

 俺が吹雪に会えたのは五日後だった。吹雪がしばらく会いたくないと言ったからだ。というかこの五日間、誰とも会おうとしなかった。南海ちゃんでさえも。その事から吹雪がいかにショックを受けているかがわかる。
 病室に入ると吹雪は起きていて、ベッドの上でボーっと窓の外を眺めていた。
「よう!」
 明るく声をかけるが反応はなし。でも想定済みだったから構わずに持ってきたりんごをテーブルに置いて、一緒に買ってきたナイフで慣れない手つきでむき始めた。
「っ!!」
 その時吹雪がふとこっちを向いてギョッとしたような顔をして俺の手を掴んだ。
「……ビックリしたぁ~何だよ?」
 急に掴まれたもんだから体が大袈裟に反応して危うくナイフを落としそうになった。慌てて持ち直して吹雪の方を見ると、枕の陰から画用紙を取り出してペンで何かを書いている。何してんだ?って首を傾げて見てたけどハッと思い出した。
 そっか……声出せないんだった。会話ができないんだから筆談で意思疎通するしかないっていう事に今更ながら思い至った。こうやって目の前で見ちゃうと何かやっぱり複雑だよな……

「ん?」
 袖を引っ張られて我に返る。吹雪が画用紙を俺の方に差し出すから覗き込む。そこにはこう書かれていた。
『危ないから貸して!私がやる。』
 俺が読んだ事を確認すると手からナイフとりんごを奪い取って皮をむいていく。俺はその俊敏さと意外な特技(?)に目を見開いて固まった。
『何よ?』とでも言いたげな視線に愛想笑いで誤魔化す。こいつ……目だけで大体の会話できんじゃねぇか?なんて恐ろしい事を考えていると、いつの間にかむき終わったりんごを頬張りながらまた窓の外を見ていた。
 そんな吹雪を見つめながら、俺は昨日開いた緊急会議で決まった事を伝えた。
「しばらく俺達は活動を休止する。」
『!!』
 布団を蹴飛ばす勢いで吹雪が俺の方を向く。その顔は必死さと焦りで若干青くなっていた。それを見て胸が痛くなったけど、心を鬼にして一気に捲し立てた。
「吹雪の気持ちはわかる。でも俺達は……いや俺はお前なしでは歌えない。変だよな。吹雪と南海ちゃんが入るまでは当たり前だけど一人だったのに、今じゃもうお前なしでは歌えないなんて。情けないったらないよな。」
 笑いながら言ったのに吹雪はくすりとも笑わない。それどころか恐い顔をして画用紙に一心不乱にペンを走らせていた。

『やっぱり私は疫病神なんだね。』
「はぁ!?何だよ、それ!そんな訳ないじゃん!」
 長い文だったのだが冒頭のその一文に反応して思わず声が出た。途端に吹雪がまるで(まだ途中なんだから黙って!)とでも言いたげな顔で振り向く。俺は無言で頷いた。でも『疫病神』なんて…吹雪は何でそう思ったのか……
『ずっと思ってた。もちろんデビューできた事は嬉しかったし、私達が入ってからすぐだったからもしかしたら私達が幸運の女神なんじゃないかって冗談混じりに南海と話した事もある。でも竜樹の事とか風音君の事とか、極めつきにはこんな事になって私ってば嵐や皆にとって疫病神なんじゃないかって思って……』
 そこまで書いたところでペンは止まった。俺が吹雪の事を抱きしめたからだ。
「バカだな。竜樹の事も風音の事も、ましてや今回の事も吹雪のせいじゃないだろ。何でもかんでも自分のせいにすんな。っていうかどこが吹雪のせいって事になんだよ?」
『だって竜樹は私が断ったからだし、風音君の体調の事だって普段の私だったら気づいたはずなのにあの時は私、自分の事でいっぱいいっぱいで気づいてあげられなかった……』
「そんなの……誰が悪い訳じゃない。竜樹は自分で決めたんだし絶対に戻ってくるって約束した。風音の肺炎に関しては気づいてやれなかったっていう事で全員の責任だ。」
 そう言っても吹雪は俺の腕の中で首を横に振り続けた。俺はふぅっと息を吐くと吹雪の前に回った。

「わかった。吹雪が正義感が強くて一人で抱え込む繊細な人だって事は。だったら尚更、今この機会にゆっくり心も体も休んで欲しい。ここのところ忙しかったしちょっと走り過ぎたのかもな。休憩も大事だと俺は思う。まぁ俺は休んでばかりだから氷月からいつも怒られるけどな。」
 そう冗談めかして言うと、やっと笑顔を見せてくれた。うん、吹雪にはやっぱり笑顔が似合う。
「泣いてる吹雪も珍しくていいけどやっぱり笑ってる方が好きだな。」
 言った瞬間みぞおちに激しい痛みが走った。見ると吹雪のグーパンチが綺麗に入っていた。それはもう見事な程に……
「……っぐ…!!」
『らしくない事言わないでよ、もう!』
 痛みに悶える俺に吹雪が見せてきた画用紙にはこう書かれていた……
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