涙を越えて

第三十三話 生きがい

『会いたい、でも会えない』

 あなたと出逢って あなたに恋して
 怖いくらい幸せだった
 もうこのまま死んでもいいとさえ 思えた

 優しさよりも 一緒にいられない辛さの方が
 大きかった
 幸せは儚いもの
 守ろうとすればするほど
 壊れてしまう

 会いたい でも会えない
 自分から別れを告げた
 でもこの想い どこにも逃げ場がない気持ち
 本当は伝えたいのに

 素直じゃない私を あなたは笑う
 「好き」と口に出したら最後
 全て失くなってしまうような気がして

 幸せよりも あなたが隣にいない未来の方が
 想像できる
 心は脆いもの
 知らない内にひびが入って
 壊れてしまう

 会いたくない でも会いたい
 あなたの為に身を引いた
 でもその想い 押しつけるだけの傲慢さに
 涙が零れるの

 人生は一瞬で色褪せてしまう
 キラキラがまるでモノクロになったように
 私はもう 叫ぶ事さえできない

 会いたい でも会えない
 自分から別れを告げた
 だけどこの 誰にも見せない心の奥で
 あなただけを想いたい



 吹雪side

「はぁ~……」
 新聞を畳みながら私はため息をついた。声が出ないから本当に息を吐き出すだけのものだったが。
 さっきまで目を皿のようにして見ていた新聞の見出しが見えないようにそっと裏向きにしてベッド脇のテーブルに置くと、力なく枕に沈んだ。

 新聞には、
『the natural world』電撃解散!メンバーの脱退と不慮の事故による怪我等が理由の苦渋の決断!
 とでかでかと書いてあった。
 その下には小さな文字で色々と解散に到るまでの流れが大雑把に書き連ねてあって、情報元があの神田社長である事がわかった。何故なら最後に社長のコメントが載っていたから。

『この度は解散という形になってしまって誠に残念でなりません。社長としては痛恨の極みではありますが、彼ら達の勇気ある決断を尊重したいと思います。』

 良く言うわ……氷月から電話で全部聞いてるからこれを読んだ瞬間白けてしまって、さっきのため息がその表れという事だ。
「…………」
 私は視線を上げて新聞の下になっている週刊誌をちらっと見た。
 週刊誌に私達の事が載っていたと見舞いに来てくれた南海に聞いて、どうしても気になって買ってきてもらった。ちなみに南海は目次だけ見て内容は怖くて読んでいないという。
 思い切ってページを捲った途端、激しく後悔した。
 そこには私をめぐって嵐と竜樹が対立して、その結果竜樹の脱退に繋がったという事が書かれていた。私の怪我の事も大袈裟に取り上げていて、発表していない失声症の事もどこから漏れたのか記事になっていた。再起不能とまで報道されていて、ただでさえ落ち込んでいる気持ちが更に滅入る結果になってしまった。
 読まなきゃ良かった。そう思っていると、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。お母さんのヒールの音じゃない。南海でもない。誰だろう?

「よう!」
「っ!?」
 勢い良く扉を開けて顔を見せたのは嵐だった。驚いた拍子に手がテーブルにぶつかって痛い。
『何で……?』
 口をパクパクさせると嵐はにこっと笑った。
 別れて欲しいと告げたあの日、嵐は長い時間固まっていた。私の方が耐えられなくなって再びペンを走らせて『帰って。』と伝えると、ようやく腰を上げた。その間こっちを一度も見なかった。
 そんな態度だったから、『あぁ、ホントにこのまま終わるんだな。せめて自分の口から伝えたかった。』と後になって思って、もう会えないものだと諦めていたのに……
「『何で来るのよ』って顔してるな。」
「!!!」
 エスパーか、お前は!?
「ごめんな、ずっと来れなくて。ここ最近何かと忙しくてさ。」
 私の戸惑いなどお構いなしにそう言って、椅子に座る。
 表情は明るくて悩みなんて何もないというようなスッキリとした顔をしている。それを見ている内に、何だかムカついてきた。
 別れを切り出されて何とも思ってないのか、こいつは?ショックを受けて寝込むとか落ち込んで食事も喉を通らないとか。現にあの時は随分ショックを受けてフリーズしてたよね?それとももう吹っ切れたって事?私に対する想いってそんなもんだったの?
 頭の中でそんな事をぐるぐる考えていると、嵐が恐る恐る口を開いた。

「あのさ、吹雪……顔こぇ~んだけど……」
 ハッと我に返る。どうやら凄い形相で睨んでいたようだ。私は顔を逸らしながら画用紙を手に取った。
「言っとくけど、俺別れる気はないからな。」
『話す事はない。帰って。』と書こうとしたペンが止まる。頭の上から嵐のため息が聞こえて慌てて顔を上げようとしたけど、その前に抱きしめられた。
「さすがにあの時はビックリして何も言えずに帰っちゃったけど、俺は別れたくない。言っただろ?吹雪と一緒じゃないと歌えないって。それはそのまま、吹雪と一緒じゃないと生きていけないって意味なんだぜ?俺にとって歌う事は生きがいと言ってもいい。歌が苦手で自信がなかった俺がそんな風に思えたのは吹雪のお陰だから。」
 嵐の優しい穏やかな声が、嘘なんかじゃない事を物語っている。凍っていた心が溶けて、暖かい涙が頬を濡らした。
 事故にあって初めて泣けた瞬間だった。

「吹雪?」
『ありがとう。』
 画用紙を見せると一瞬ポカンとした表情をする。その後、私の好きな無邪気な笑顔を見せてくれた。
『私、歌いたい。私にとっても嵐と一緒に歌う事は生きがいだもん。』
「吹雪……」
『リハビリ頑張るから待っててくれる?声もいつ出るようになるかわからないけど待っててくれる?』
 すがるような目で必死にそう懇願する。情けないって自覚してるし、こんな姿本当は見せたくなかった。
 私は吹雪。冷たくて触ると凍りそうで、風に乗って吹かれていっていつか消える運命。
 中身は臆病で心配性で肝心な時に役に立たない奴だけど、たった一人でも私の事を好きだって、必要だって思ってくれるのなら……
 私はその人だけに本当の自分を見せたい。

「あ…ら、し……」
「吹雪!い、今……」
 嵐がビックリして腕を緩めて顔を覗き込んでくる。私自身も驚いた。
 嵐への想いが胸の奥から込み上げてきて、気づいたら声になっていた。でも……
「声出たよな?今!吹雪、もう一回……」
 テンション上がった嵐に肩を掴まれて揺さぶられる。だけど私は悲しい顔で首を横に振った。
『ダメ。何度か挑戦してるけどもう出ない。ごめん……』
 そう。いくら出そうとしても全然出なくなってしまった。落ち込む私を励ますように嵐はまた抱きしめてきた。
「一回出せたって事は希望はあるって事だ。もっともっと会話をしていけば今みたいに何かの拍子に出るかも知れない。毎日来るから頑張ろう。南海ちゃんや氷月達にも遊びに来るように言っとくから。」
 私は笑顔で頷いた。
『希望はある。』その言葉で気力が湧いてくる。そんな現金な自分にそっと微笑んだ。
 まだ痛みも包帯も取れていないのが現実だけど、いつになるかまだわからないリハビリだけど、必死に頑張ろう。
 そう思えた……
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