涙を越えて

第四話 焼肉>俺

「う~ん……」
「あ、目が覚めた?」
「あれ?氷月……うわっ!」
 目を開けると目の前に氷月の顔があって、ビックリして寝ていたソファーから飛び起きる。途端に後頭部に激痛が走った。
「いっ……てぇ~~!!」
「あぁ、安静にしていた方がいいよ。大きいたんこぶできてるみたいだから。」
「たんこぶって……」
 両手でさすってその大きさを確かめながら言うと、氷月は苦笑しながらソファーに座る俺の隣に座ってきた。
「思いっきり倒れたからね。大丈夫?」
「……大丈夫じゃねぇよ。」
「そっか。」
「皆は?」
 きょろきょろと誰もいない部屋を見回す。倒れる原因となったさっきの会話を思い出して今更ながら恥ずかしくなったが、あの後どうなったか知りたかった。
「嵐が倒れた後、僕と雷でこのソファーに運んだんだ。それでどうせしばらく目を覚まさないだろうって竜樹が言ったもんだから、じゃあこれから吹雪ちゃんと南海ちゃんの歓迎会しようって事になっていつもの喫茶店に行っちゃったよ。」
「じゃあって……」
 目に浮かぶようだな……。俺は一つため息をこぼした。

「ねぇ、嵐。」
「ん?」
「二人の事、考えてくれないかな?」
「は?何言って……」
「君が女性が苦手な事は重々承知しているよ。でも……」
 珍しく言い淀んでいる氷月に何も言えないでいると、不意に俺の方に向き直ってじっと目を合わせてきた。
「な、何だよ?」
「まだ3回くらいしか会った事ないけど、あの子達の音楽に対する熱意は目を見張るものがあると感じた。趣味の延長って言ってたよね。だけどそれは謙遜だよ。僕は録音のものだけど彼女の歌声を聴いた。とても素晴らしかった。プロでも十分通じる実力だったし、何より表現力が凄い。そして南海ちゃんのキーボード。あれには度肝を抜かれた。繊細な中にも力強さがあって、僕には到底真似できない。もしこの二人と練習を共にする事ができたら、きっと僕達にとっていい刺激になるし勉強になると思った。雷が一緒に組もうって言わなきゃ、いずれ僕から言っていたかも知れない。」
「氷月……」
 信じられない。あの氷月がこんなに手放しで誉めるなんて……
 一体どんな歌声とキーボードの音色なんだろう?段々気になってきた。でも……

「まぁ確かに今の俺達には新しい何かを受け入れる余裕とか、もっと上を目指す為に勉強する必要があるのかも知れないけど、それって本当にあの子達と一緒にやる事で得られる事なのか?俺達の力だけじゃできないのか?」
「嵐……」
 俺の言葉に何とも言えない表情になる氷月。俺は重ねて言う。
「俺、今まで以上に頑張るから。だから……」
「わかった。」
「え?」
「君がそこまで言うなら、一緒に組む件は無理にとは言わない。」
「じゃあ……」
「ただし!一緒にスタジオ使う事は許してね。」
「は……?」
「だってもう申請出しちゃったんだもん。と、いう訳で、明日からよろしくね~」
 さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へやら。
 満面の笑み(別名悪魔の微笑み)で片手を上げて颯爽と出ていく氷月を、俺は茫然と見送った。
「上げて下げるって最悪かよっ!全部決定事項じゃん!俺の意志は関係ないんじゃん!あーー!くそっ!」
 明日絶対サボってやる!!



「で……」
「で?」
「何でお前がここにいるんだよ!」
 次の日しっかりと練習をサボろうと思っていた俺の目の前に行く手を阻むように立っているのは、五人の中でも一番の大男の雷だった。
「何でって、氷月の命令だよ。どうせ嵐は今日サボろうとするだろうから、迎えに行って首根っこ捕まえて連れてこいって。大正解だね。」
 雷が俺の姿を上から下まで眺めながら親指を突き出す。俺は自分のパジャマ姿を見下ろしながらため息をついた。
 ちくしょう……風邪引いたって事にして今日は一日部屋で引き込もってようとしたのに、宅配便を名乗って訪問してきた雷にあっさり捕まるとは……
「はい、嵐確保~」
「い、嫌だ!俺は行かねぇぞ!お前らもう勝手にあの子らとイチャイチャやってりゃいいんだ!」
「はいはい、暴れないでね~暴れたら一発入っちゃうよ~♪」
 にこにこしながら恐ろしい事を言う雷に途端に大人しくなる俺。くそっ!不甲斐ないぜ……
「もしもし、氷月?嵐確保しました。これから速やかにそちらに向かいます。どうぞ!」
『ご苦労だったね、雷。お礼に後で焼き肉奢るよ。』
「やったー!焼き肉、焼き肉!はーい、じゃあね~♪」
 うきうきした顔で電話を切る雷を睨みつけるが、頭の中が肉だらけのこいつには通じない。はぁ~……仕方ない。行くか。
「着替えてくるから待ってな。」
「ほーい。」
 何ともだらしない顔で頷く雷に向かってもう一度ため息を吐くと、着替えるべく玄関から自分の部屋へと歩いていった。
 っていうか、あいつの中のバロメーター、焼き肉>俺かよ!!
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