罪狩りのキリオ

6

 憎しみとは理不尽なものだ。相手に罪は無くても、生まれてくることもある。

 私は自分の知っている隆に、あんな言葉を言わせるようになった智子を、いつの間にか憎んでいた。智子がいなければ、帰り道の心地よい時間も、澄んだ瞳も、汚れない笑顔も、全て自分に向けられていたかもしれないと思い始めた。本当は、隆を独り占めしたいと、ずっと思っていたのに。

 思い始めると、後は波紋のように広がっていく。智子の存在自体が、疎ましく思える。その手で、その唇で、隆に触れているのかと思うと、吐き気を感じるほどだ。

 タバコの量は日に日に増えていった。

 智子が消えればいいとまで思い、クラスでは智子と目を合わすことさえなくなっていた。智子はそんな私を心配して、何度も「どうしたの?」と声を掛けてきたが、私は「何でもない」と答えるだけだった。

 憎悪とは一度、芽生えると、そうそう消えるものではない。瞬く間に、感情全てを支配される。自分では理解できないところで、何かが動き出すのだ。

 私はタバコを吹かすことでしか、理性を保てなくなっていた。

 そんな思いは、いつしか二人を引き離せないかと画策するまでに至る。隆を自分のものにしたい想いが芽生え始め、歪んだ感情が動き始めた。

 気付けば隆に電話を掛けていた。隆はサンコール目ででた。一瞬、言葉に詰まる。

 すると隆から、

「どうした?」と溌剌な声が届く。

「ちょっと話があって……。」

「どうした?」

「今から、ちょっと会えないかな」

「別にいいけど……」

「じゃあ、亀公園で。三十分後ね」

 亀公園とは、砂場の中に青色と黄色の亀の遊具がある公園だ。幼い頃よく三人で遊んでいた。日が暮れても帰ろうと言わない隆を、芹奈と智子が諭すように優しく「今日はもう帰ろう」と、手を引いていたのを、今でもよく思い出す。

 隆はブランコを揺らして待っていた。

「おう」

「おう……」と言って、私は隆から一番離れたブランコの椅子に座った。

「急にどうしたんだ?」と怪訝な顔で隆が聞く。

「うん……話したいことがあって……」

「なんだよ」

「あのさ…智子のことなんだけど……」

「智子がどうした?」

「……あのね。智子はあんた以外にも男がいるよ」

 一瞬、風の音が聞こえた気がした。

「証拠でもあんのかよ?」

一瞬、間をおいて、私は、

「あるわ。私、見たの。智子が年上の男とホテルに入って行くの」と言った。

「ほんとに見たんだな?」

「ほんとに、見たわよ」

「そっか……」と力なく隆は答えた。

「あんた……それだけなの? 智子が浮気してんのよ」

「お前がそう言うなら、そうなんだろ」

「言いたかったことは、それだけだから……じゃあね」

 そう言うと、私は足早にブランコから走り去った。

 一度だけ振り返ると、隆は夕闇に染まる空を所在なさげに見つめている。私は、そんな隆を一度だけ振り返って見つめて、家路に着いた。
< 6 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop