実らない恋の終わらせ方 another
こんなやりとりを過去に何度してきたかわからない。
しかし、今そんなことをする意味はない。
黙った私に構うことなく、陸翔は口を開く。
「それは?」
「おすすめ」
陸翔は私が手を伸ばした鮮やかなピンク色の液体が入ったグラスを視線だけで示す。 単語だけのやりとりですぐに答えられる関係。長い時間を過ごした証拠だ。

「ジントニックをお願いします」
オーダーは決まっていたのだろう。迷いなく注文する姿はこの場所が似合う大人の男性に見える。 それほどの時間が出会いから経過したことを実感する。

どこか懐かしいピアノの旋律に耳を傾けて、バーテンダーの鮮やかな手つきをふたりで見つめた。

「お待たせいたしました」
小気味よい音を立てて置かれたグラスには無色透明の液体に、鮮やかなグリーンのライムが輝いていてとてもきれいでしばらく眺めた後、私たちは無言でグラスを軽く合わせてからお互い口に運んだ。

軽口をたたくこともあれば、無言の時間も共有してきた。ただそれだけと言ってしまえばそうなのだが、その時間は私にとって何より大切だった。
それは私たちが親友という関係を守っていたときだけだったかもしれないが。
今のこの無言の時間はやはり落ち着かない。
窓の外に視線を向けているその人をこっそり盗み見た。

この男の名前は篠宮陸翔(しのみやりくと)という。私、榊原(さかきばら)しずくとは、都内のそこそこ有名な大学の法学部で一緒に学んでいた仲間だ。
百八十㎝はある身長に、均整のとれたバランスのよい体形。それにどこか影がありミステリアスな雰囲気。整った少し甘めな顔は検察官より、弁護士が似合うから誰もがその道を進むと疑っていなかった。

でも、私はそれが彼の対外的な顔だということは知っている。 本当の彼は正義感が強く、優しく、曲がったことが嫌いな人。それが篠宮陸翔という人間だ。

何かがあるといつも一番に駆け付け問題を解決して、私たちのことを心配してくれた。時には自分が矢面に立って盾になることすらあり、ひやひやしたこともある。

そんな彼は私の予想通り検察官の道を選んだ。大学院に入り司法試験を受け、最短で検察官になったエリート。 どこまでも完璧すぎて嫌味な男だ。
隙のないネイビーのスリーピースに、マッドなタイプの靴。シンプルだがとても良いものなのは明らかだ。

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