流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
道具の正しい使い方
「市民は――王都の召喚警騎士団が避難させたか。貴族たちは我先にと逃げたみたいだな」
変化し続けるハロルド。
今のうちに倒すべきか、とアスカがレイオンを見るが、リグが近づくと取り込まれるからと首を振る。
そんな話を聞いてしまうと、うっかり馬鹿な貴族が特攻しかねないのではとレイオンが周りを確認し始めた。
幸いにも、お化け屋敷から出た貴族たちも平民たちも見当たらない。
「万が一の時の避難場所はシドが『赤い靴跡』に頼んで用意してくれていたから、問題ないと思います」
「うぉ、ま、マジかぁ。お前さんそんなことまで気を回していてくれたんだな?」
フィリックスがそれに対してレイオンへ報告する。
昨日フィリックスとシドがなにか話していたのは、万が一の時の平民たちの避難の話だったらしい。
「利害の一致だな。アッシュたちは金がほしい。貴族どもは安全がほしい。そこに平民分の支払いを入れれば契約は成立する。アッシュは王都の民を助けることで組織内で豪華な椅子に座れるようになる。『赤い靴跡』の原型は自警組織だからな。堅気に手を貸すのはグランドファーザーからの評価が高いんだ。とはいえ、さすがに召喚魔法の使えないあいつらじゃあ保護場所の確保に時間がかかった。つい昨日、ほぼ終わったみたいでな。せっかくだから使わせてやればいい。な? 誰も損しないだろう?」
「…………」
邪悪な笑みにレイオンとフィリックスがなんとも言えない表情になる。
もう最初からこうなることも想定していたのか。
「だが、ハロルドの状態はどうすべきか。魔双剣で斬りつけてどうにかできるか?」
「やめた方がいいと思う。今は無差別に触れるものを取り込もうとしている状態だ。これ以上取り込むと自我が崩壊するだろうが……」
「自分でなんとかできる状況ではなさそうだな。そのあとはどうなる?」
「空間の制御ができなくなっているから、もう誰も出られない。エーデルラームでも八異世界でもないこの場所で、生きていくしかない。幸い召喚魔法は使えるが、エーデルラームには戻れない」
シド以外が絶句した。
それは、つまり――王都の消失。
「まっ……! 待って待って待って! それってここで生きていけってこと!? 嫌なんですけど!?」
「ダンジョン化の魔法とはそういうものだ。空間魔法は世界との契約に等しいから、一度歪むともうどうすることもできない」
「な、なにか方法はありませんの!? こんなところでハロルドと心中なんてお断りですわ!」
「魔法自体が歪んでしまったから僕にもどうすることもできない」
「そんな……」
絶望感に支配される。
まさかそんなことになるとは。
ハロルドの決死の――最後の攻撃。
道連れ。
「――涼ちゃん?」
ゆっくりと立ち上がる。
もう、意識が朦朧としている涼に刃の声は届かない。
目の前の魔力の塊が、美味そうで、。
「まりょく」
「涼ちゃん!?」
「おい! 近づくのは――!」
シドが魔剣を重ねて地面に突き刺し、涼の手を掴む。
その時振り返った涼の目に意識のようなものはない。
風が強くなり、黒い髪が広がる。
その目に何を見たのか、シドが涼の手を掴んだまま口を開く。
「…………リグ、聖杯であの魔力の塊を取り込むことはできるか?」
「問題ない。それが最善だと僕も思う。制御は【無銘の聖杖】でできる。【無銘の魔双剣】で長距離から召喚魔法無効化効果を叩きつければ、完全に暴走させられる。魔力暴走を聖杯に取り込めば“ハロルド・エルセイド”という“魔法使用者”を操って正常化できると思う」
「え!? な、なんですか、それ……!? 涼ちゃんになにをさせるつもりなんですか!?」
「人格が崩壊している肉体を魔力に変換して聖杯――リョウに取り込み【無銘の聖杖】で操作してダンジョン化魔法の暴走を抑え込み、正常化ののちに解除する。ただ、そのためにはあの塊を取り込みやすく砕く必要がある。シドの【無銘の魔双剣】が適しているという話をしていた」
「っ……!」
ノインが刃に「どういうこと?」と聞く。
つまり、化け物のように膨れ上がったハロルドの体をシドの【無銘の魔双剣】で砕き、[聖杯]――涼の中に取り込む。
取り込めばリグの【無銘の聖杖】で魔力となった“ハロルド”を操作し、ダンジョンを正常化、消滅させる。
つまり、脱出だ。
「まあ、それにはあれをなんとかしないといけないみたいだけどな」
シドがボコボコと膨れ上がり、肉の塊のようになったハロルドから出てきたドラゴンとも、生き物とも判断のつかない怪物を見る。
翼があり、形そのものはドラゴンなのだが口はなく、目玉が頭に一つだけ。
ギョロリ、とこちらを見ていると本来口のある部分から触手を垂らす。
「なんだあれ? とりあえず敵意しか感じねぇな」
「多分もう魔力を取り込むことしか考えていない。捕まるとそのままハロルドに取り込まれる。空から逃げた人間を追われると厄介だな」
「つまり、飛び立つ前に翼と首を斬り落として無効化すりゃいいってことか?」
「それが最善だと思う」
「じゃあ飛び立ったやつはミセラさんが叩き落としてください。おれが引きずり下ろします」
「了解ですわ」
「俺たちで道を作るから、シド、君は魔剣に魔力を溜めてくれ!」
アスカが聖剣エクスカリバーを引き抜く。
それに呼応するように、刃もノインもレイオンも剣を構えた。
ドラゴンの手や翼からも触手が生えてうねうねと揺れる。
あれに捕まらずに翼と首を斬り落とし、どこかに隠れている王都の貴族や市民たちを守らねばならない。
シドが涼の手を掴んだまま、リグのところに引き戻す。
「まりょく……」
「今にたらふく食わせてやるさ。ま、英雄様がついてんだからなんとかなるんじゃねぇの」
「シド」
「……いいぜ、使えよ。出し惜しみしてる場合じゃなさそうだからな」
右耳につけていた黒魔石のイヤリングを、リグが外す。
その魔力を使いながら、【無銘の聖杖】を振るう。
刃たちの体に、なにかが宿る。
「これは……憑依召喚魔法か!?」
「レイオンとノインは身体強化、ミセラとアラベルは魔力補助の召喚魔を降ろした。時間は五分しか持たない」
「へっ! 助かる! 十分だ! なぁ!?」
「うん! ボクは聖剣がまだ使えないけど――ここまでましてもらって遅れは取らないよ!」
「ジンくん!」
「はい! 止めます! 約束を果たします! 我、刃・真堂の盟友よ、わが盾となり剣となり、助けとなれ! 来い! エル!」
刃にとっては初めての相棒との憑依召喚。
すでに憑依召喚を行っているフィリックス以外に、リグが呼び寄せた憑依召喚魔が能力を底上げする。
右手で【無銘の聖杖】、左手でふらふら歩き出しそうな涼を捕まえたまま、リグはシドは頷いて見せた。
それを見て、シドも【無銘の魔双剣】を地面から引き抜く。
「風磨! 二人を守れ」
「御意に」
「ったく、一人で大人しく死ぬこともできねぇとはみっともないと思わねぇんだろうな。そんな醜い姿を晒すぐらいなら復活せず死んどけよ、ジジイ」
「ちなみにその魔双剣の魔力が溜まるまで、どのくらい持ち堪えればいいんですの!?」
「さあな! 俺もこれより溜めたことねぇから知らねー」
「なんですってぇ!?」
すでに両方の魔剣から光が溢れている。
チャージ第三段階に到達しているが、リグは「もう少し溜めないと、あの外殻は破れない」と首を横に振った。
生半可な魔力では、逆に取り込まれてしまうからだ。
「その二段階くらいチャージした方がいい」
「……なあ、お前これどのくらいチャージできる仕様にしたの?」
「知らない」
「知らないって……」
「【無銘の魔双剣】はその名の通りまだ無銘だ。シドが上限を決めたらそれが一番上になる。僕はシドにこれ以上殺してほしくはない。魔剣の因果はシドが犯した原罪の数で決まってしまうから。その対として、【無銘の聖杖】を作った。僕はシドの罪を許されてほしいから」
「…………因果ね」
父殺しの因果を、これからこの【無銘の魔双剣】に宿すのだ。
一段階光が増す。
持ち主の身にも魔双剣の魔力が宿り始め、光に包まれる。
ハロルドの体から出た怪竜は増えるばかりだが、アスカのエクスカリバーもまた魔力を溜め込み、それを解き放って道ができる。
「ジンくん!」
「うん! ありがとう、ノインくん!」
星の竜の鎧を纏った刃が踏み込む。
生まれそうになる怪竜の首を次々落とし、剣を垂直にしてハロルドの顔の部分に星竜が宿った剣を突き立てる。
魔力を吸われるが、顔が弱点らしく悲鳴を上げて体積を広げていく。
「やっぱり……! 顔です!」
「魔力を溜めろ。俺の魔双剣で砕けて足りなければお前の星竜剣でぶち壊せ!」
「はい!」
それがエルとの約束。
ハロルドを止める。
魔双剣の光が色を変える。
魔力がシドの身に吸い込まれ、金の髪は毛先にその色を残して白く変わった。
光の輪が背中に浮かび、シドの体も人ならざるもののように剣と一体化する。
宙に浮かぶと、碧眼の目が金に変わった。
「っ……」
「なるほど。人間辞めそうだなこれ」
涼の視線がハロルドではなく、シドの方を向く。
より強大な方の魔力へ。
それを確認してから、シドがニッと笑う。
「さあ、準備はいいな? 星竜のガキ。もう俺に『助けてほしい』と言うこともないだろう?」
「――はい!」
初めて会った時とは違う。
刃もシドの背中にいるつもりはない。
エルと約束したのだから――。
「そんなに魔力が食いたいならくれてやる! 死ねクソジジイ!」
ノインとレイオンとアスカがハロルドの前にいた怪竜を倒す。
開いた道を一足飛びで距離を詰め、両手の魔双剣でもはや原型が怪しくなった顔に突き立てる。
ずるる、と吸われていく魔双剣の魔力に、ハロルドの口がまた絶叫を上げた。
「テメェの時代はとうに終わっているんだ、地獄に戻れ!」
『ァァァァァアァァァァァア!』
顔からヒビが広がる。
膨れ上がり、十メートル以上に大きくなった体が砕けていく。
シドが元の人間の姿に戻った頃、刃も星竜の剣を振りかぶっていた。
「シドさん!」
合図をすると、シドが剣を抜いて着地する。
立て続けに、刃が砕けたハロルドの顔に剣を突き刺した。
『ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!』
ボロボロと崩れていくハロルド。
そのハロルドをリグが【無銘の聖杖】を使い涼――聖杯を操って取り込んでいく。
三千人分の魔力を容易く飲み込める聖杯により、塵も残さず“喰われた”ハロルドの魔力を利用して、リグが引き続きダンジョンを正常化していった。
その過程で、だろう。
空も地面もなにもかもが、真っ暗に覆われた。
「――流れ星」
誰が呟いたか、聖杯から光の粒が暗闇の中を無数に流れ始める。
その光景はまるで流星群のよう。
上も下も関係なく、キラキラとした白と銀の光が流れ落ちていく。
それがどんどん量を増していき、あまりの眩さに全員が目を閉じた。