流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
決着
(あれ……?)
草原に立っている。
いつの間に、と辺りを見回すと人が大勢血を流して倒れていた。
原型がほとんどない死体もある。
ぶわりと全身から汗が吹き出す。
夢だ、と頭の片隅で思うけれど確信が持てない。
「これがエーデルラームの貴族たちのやり方だ」
「っ!」
振り返ると、シドによく似た男が立っている。
けれど決定的に違う。
彼のような真っ直ぐな力強さがない。
憎しみで澱み、絶望で翳っている。
「ハロルド・エルセイド……」
「前線で戦い、召喚魔法で惨たらしく殺されるのはいつも平民出身の召喚魔法師や騎士ばかり。戦果を挙げても功績は上官の貴族が我が物とし、平民に還元されることはない。ただ戦場で命を奪われる消耗品。召喚魔たちとて、契約という命令に従わされて殺したくないのに人殺しをやらされる。果たしてこれが正しい姿なのか? 戦争を始めるのは王侯貴族だというのに、死ぬのは平民ばかり。こんな姿が正しいはずもなかろう」
「そ――それは……」
血の海の草原から目を背ける。
あまりにも見るに耐えない光景だ。
若かりし頃のハロルドはあえてその血の海に近づいていく。
「エルにもたくさんの人間を殺させてしまった。優しいあの子を。我が妻も、人を殺すような人間ではない。私もそうだ。誰が好き好んで人殺しなどするものか。戦場で百殺せば英雄と言われる。敵とて同じ。なにも正しさなどない。王侯貴族の掲げる正義などなかろう。お互いの利益ばかりを追って始めた戦争だ。全部なくなってしまえばいい。根本から作り直さねば、人も召喚魔も幸せになれない」
拳を強く握る。
その目に宿る仄暗い光に気押されそうだ。
レイオンの言う通りハロルドの言うことは間違っていないのだと思う。
涼とて王侯貴族の横暴は放置していいと思えない。
けれど――。
「押しつけないでください」
「なに?」
「確かに……誰かに決めてもらうのは、楽です。私も今まではそうでした。親の言う通りにして生きてきて、生きていくことには困らなかったです。でも、この世界に来て自分で働いて生きてみて、実感しました。毎日楽しくて幸せだなって。あなたのやり方はささやかな幸せも奪うものです。王侯貴族の人たちの横暴さは、確かに許せないと思います。だからこそ真正面から否定するべきでした。正しい方法で、同じ平民の声を集めて届けるべきだったんです。あなたのせいで、ただ生きることに一生懸命だった人たちまで居場所や命を奪われた。そんなの否定されて当たり前じゃないですか。なんで自分たちばっかり可哀想なんですか? 普通に生きていたのに、急にそれを奪われた人たちは可哀想じゃないんですか? そんな独りよがりの正義に誰が賛同するんです?」
「王侯貴族にささやかな幸せを奪われた平民が我らだけだとでも?」
「いいえ! でも、私……ちゃんと知ってます。理不尽に奪われた幸せを取り戻そうとする人も、二度と自分と同じ思いをする人を出さないように戦う人も。その人たちの前で、どうしてあなたは人の幸せを奪えるんですか? そんなの王侯貴族と同じじゃないですか」
「同じではない!」
「同じです!」
少なくともシドもリグもハロルドのせいで普通に生きることはできなかった。
ハロルドのように貴族の理不尽に家族を奪われているスフレは努力で召喚警騎士になり、母を探し続けている。
ハロルドが壁を取り払い、雪崩れ込んだ召喚魔に両親を殺されたフィリックスも、二度と自分と同じ思いをする子どもを作らないように召喚警騎士になった。
帰れなくなった召喚魔と、エーデルラームの人々の架け橋になるために。
真っ当な方法で立ち向かっている人たちを知っているからこそ、ハロルドの言い分を認められない。
「あなたはシドとリグのことも利用しようとしていましたよね。自分の子どもだから、道具みたいに使うって。子どもにも……自分の意思があります。だって人間ですもの。だからあなたはシドとリグに見向きもされなかったし、アスカさんや刃くん……エルに負けたんです」
「…………」
すう、と息を吸う。
前の世界の、親に見向きもされない自分。
涼の両親は生きていたけれど、シドとリグの両親は生きていなかった。
その差はあれど、ある意味で親の言いなりになっていた涼と親に立ち向かったシドとリグでは決定的に違う。
心の底から尊敬する。
(私にも立ち向かう勇気があればよかった)
けれど今更、両親になにかを求める気にはなれない。
両親が涼に関心がないことなんて何年も前から知っているし、涼ももう、両親になにか言いたいことがあるわけでもない。
どうでもいいのだ、もう。
あの二人は、血の繋がった赤の他人だ。
もう、なに一つ期待していない。
むしろ完全に縁が切れた今が楽しくて幸せだ。
「あなたは負けたんです。これからを生きて、形作っていく人たちに。あなたがめちゃくちゃにした世界をここまで整えた人たちが、これからもっとよりよい世界にしていく。あなたはここで、それを眺めていればいいんです。あなたは、もう、死んだ人だから」
「…………」
ハロルドはしばらく涼を見下ろしていた。
それから「死んだ」と呟く。
自分がもうこの世界にいないことを、確認するように。
「――そうか」
そう言い残して、サラサラと砂のようになって消えていくハロルド。
死体も、草原も、なにもかもが砂のようになって消えていった。
残ったのは暗闇。
目を閉じる。
(これは私の中)
ハロルドはゆっくりと魔力になってしまった。
すっからかんに等しい[聖杯]の中は真っ暗で、涼は上を見上げる。
無性に寂しい。
『…………ウ……』
(ああ……声がする。あの人の声だ。私……この先もあの人とエーデルラームで生きていきたいな)
この世界で、自分を正しい未来に導いてくれる“彼”のところへ、戻ろう。