流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
兄として、悪として
「………………」
瓦礫が散乱する街の跡地。
それを一際高い建物の欠けた屋根から見下ろした。
白いフードつきのマントを翻して、せかせかと幌つきの荷馬車を停める男たちに目を細める。
「適当に稼げとは言ったが、マジでみみっちいことやってんなぁ」
「うるせぇよ。兄貴んところのオークションで数が足らねぇっつーから仕方ねぇだろ。それに、俺の目的は召喚警騎士団の実働部隊にいる女だわ」
「女ぁ?」
もう一人の男が煙草を蒸しながらニヤ、と笑う。
腕を組んで、煙突に背を預けるとアッシュは「王都の貴族の落ちこぼれ令嬢が黒髪で、しかもエルフの女と契約して召喚警騎士やってるんだと」と喉を鳴らした。
なるほど、とシドもそれだけで納得する。
同じ貴族でも、落ちこぼれと見做した“女”は特に粗雑に扱われる。
下手をしたら平民の女よりも。
半端に血筋がよく、しかも英雄と同じ黒髪というだけで変な付加価値がつく。
エルフは性奴隷として人気の種族であり、召喚警騎士の召喚魔などやっていたとなれば、さぞ物好きが値を吊り上げることだろう。
家から追い出した娘がどうなろうと、実家は知らぬ存ぜぬ。
召喚警騎士ならば殉職扱いにすれば後腐れもない。
この世界の貴族はまったく、どこまでも腐っている。
吐き気がするほどに気持ちが悪い。
「だからまあ、小型の召喚魔どもは小銭用だな。ダロアログのおっさんとお前がド派手にやり合ってくれたおかげで、町も大混乱しててやりやすいわ」
「別にテメェの仕事を手伝ったつもりはねぇんだよなぁ……。俺も町長にスラムを適当にぶっ壊せって頼まれただけだし」
「は? マジかよ?」
くす、と笑いが漏れる。
煙草を口から離して、アッシュがシドの側に歩み寄ってきた。
詳しく教えろ、と言わんばかりの目だ。
「元々邪魔だから掃除したかったらしいぜ。スラムのガキは町長どもが別口で集めて、王都の地下に売っぱらうつもりらしい。俺相手に一千万ラームじゃあ口止め料にもならねぇっつーのに、この辺りはずいぶん治安がいいらしいな」
「ブハアッ! 一千万!? マジかよ、お前それで動いたのか!? お前に一千万!? ギャハハハハハハハハ!!」
「たまたまダロアログがスラムにいたから、ついでにな。……だからまあ……ダロアログよりもいい金蔓だろう?」
口許の布を外して、笑みを浮かべる。
その笑みに、アッシュが煙草を咥え直してそれはそれは楽しげに目を細め、微笑み返す。
「いいのかよ、美味しく戴いちまうぜぇ?」
「だからダロアログの野郎とは完全に手を切れよ」
「わあったって。それなら元も取れるわ。俺も部下共を食わしていかなきゃならねぇからなぁ」
「あとお前の舎弟、マジで二度と俺にツラ見せるなよ。次は本当に殺すぞ」
「そっちは猶予しろよ。犬みたいで結構気に入ってんだよアイツ」
「だったらちゃんと躾ておけ。――あ?」
「あ?」
ごう、と頭上をなにかが通り過ぎる。
巨大な、燃え盛る鳥。
「は? エターナルフェニックス……? なんであんな上位存在が……」
「召喚魔か? なんかすげェのか? いや、なんかすげェけど」
「主人」
バッ、と二人が振り返ると、煙突の影から強い存在感と声。
姿を見せないあたり、シドにとっての手札の自覚があるようでなによりだが、アッシュがいるところで存在を露わにするということ――そして今し方飛んで行ったフェニックス。
そこから導き出される答えにシドが舌打ちする。
「まさか――アレが介入したというのか? なぜだ?」
「捨て置けなかったようです。いかがしますか? 召喚警騎士が三名、先日スラムにいた者たちが近づいておりますが」
「あ〜〜〜……アレか……。アッシュ、よかったな、獲物が餌に食いついたそうだぞ」
「……へえ。わざわざ教えてもらったとなっちゃあ、ちゃんと網に入れてやらねぇとな」
煙草を屋根に捨て、踏み潰す。
ズボンのポケットに両手を入れ、背を向けて歩き出す。
だが、すぐに振り返った。
「で、あのでかい鳥はお前の知り合いの召喚魔か?」
「さぁなぁ? でも、迂闊に踏み込むと火傷じゃ済まねぇのは覚悟しておけよ。……俺もアレを相手をするのは、遠慮したいからな」
「……ふーん」
暗に「手を出せばろくな目に遭わない」と釘を刺しておく。
そうしなければ、シドの最大の弱点だとバレる。
(戦う相手にしたくねぇっつーのは、事実だしな)
この世界はどこもかしこも腐り果てていて、それでももがいて生きる者すら踏み躙られる。
――アレは希望であり、絶望だ。
甘い蜜のようであり、苦い薬でもあり、劇薬でもある。
未だ蕾でどのような花になるのかも未知数。
少なくともあんな塔の中であんな泥水を啜っていては、開花に至ることはない。
だからとっととあの汚物を排除して、あの狭いプランターから出してやらねばと思っている。
その蕾が選んだあの娘は、肥料になるのか水になるのか光になるのか――はたまた毒にも薬にもならないかもしれない。
どちらにしても汚水処理は自分がやるべきだ。
長い長い間、大事な弟を何度も手折ってくれたのだ。
礼はしっかりとしておかねばなるまい。
この世でもっとも惨たらしい死を与えなければ、蓄積した憎しみは晴れることなどない。
とはいえ、スラムの時に逃してしまった以上しばらくは完全に雲隠れを決めることだろう。
そういうやつだ。
そうしてこちらが捜し回っているうちに弟を連れてどこか、別の町に消える。
風磨と契約したのも、弟とあのクズを逃さないためだ。
影に潜める鬼忍ならば、弟の護衛と監視に使える。
「ああ……レッドテイルか」
フェニックスが『廃の街』の近くを飛び、炎を使ってレッドテイルを誘き寄せていく。
巨大な炎の塊に、火耐性があるにも関わらず、その圧に負けて一ヶ所にまとまって集められている。
それをパク、と一口で喰らうのだ。
「捨て置けなかったというのは獣人か?」
「いえ、召喚警騎士の中に古い知己がおられたようです。姫君にも頼まれてしまっては弟君も断ることができずに」
「姫君ねぇ……」
フードを取る。
屋根の上の風は心地いい。
以前口移しで魔力を送ったが、意味がなかったあの娘。
弟が選び召喚したのだからと気にはかけていたが、誑かすようなら――
(殺すか? もうダロアログを誘き寄せる餌としては使えねぇだろうし……)
だが、別段邪魔をしてくるわけではない。
弟が頼みを聞いた、ということはやはりそれなりに情を分けている。
それを殺すとまた落ち込みそうだ。
風磨が『姫君』などと気を遣って呼ぶということは、シドが思っている以上に弟はあれを気に入っているのかもしれない。
ふう、と目を閉じて溜息を吐く。
「しかし、召喚警騎士に古い知己ってのは知らんな」
「かなり幼少の頃に知り合ったそうで、弟君へ命の恩人と言って感謝している様子でした。塔から連れ出すことを剣聖とともに画策しておりますが――いかがいたしますか?」
「出す?」
「姫君の作った食事を弟君が口にしたのも大きいかと」
「食ったのか?」
「はい」
「へえ」
それなら風磨があれを『姫君』などと呼ぶのもわかる。
(殺すのは今はいいか。役に立つのならそれでいい。にしても、今の剣聖は英雄レイオン・クロッス卿だけだろう? は? いんの?)
だとしたら思ったよりも面倒かもしれない。
自由騎士団の最高権力者がこんなところでなにをやってんだ、と思わないでもないが、剣聖は等しく剣士としての頂点。
それが弟を助けようと動くという。
「ちなみに知己とはどれだ?」
「緑金の髪をはーふあっぷというのにしている男です」
「ふーーーん」
『廃の街』に逃げ込んだレッドテイルを、猿の腕で殴り飛ばして綺麗な円を形作るあの男。
スラムでシドに真っ先に挑んできた召喚警騎士だ。
あの拳はなかなかに悪くなかった。
シドでなければ捕まっていたと思う。
知らぬところで人を助けているあたり、アレは本当に根から善人だ。
剣の柄の先端に手を置く。
そういうことならば、あの金緑の髪の騎士には剣を抜いてもいいかもしれない。
(フェニックスを中心に討ち漏らしを召喚警騎士どもで追い返し、街に入れぬようにしている。街の地下は蟻の巣のように悪党どもが改造しているから、攫われた召喚魔を見つけ出すのは困難だろう――が、ふーん……)
ちらり、とその後方を見ると、弟のあたりにまとわりついているスエアロという犬とガウバスという化け猫までも協力している。
一緒にいるのは召喚警騎士一人と、弟の召喚魔の娘と、一緒に召喚されてきた小僧。
召喚魔法師学校の制服を着ているので、無事に召喚魔法の勉強は始めたのだろう。
屋根にしゃがんでも、彼らがスエアロの指差す方に向かうのがよく見える。
スエアロは鼻が利く。
ダロアログを探すのに使えないものかと思っていたが、あの警戒心の塊のような犬を召喚警騎士が連れ出すようになるとは。
どんな心境の変化か。
それとも弟の指示か。
(作戦自体は悪くねぇ、が――)
地下に網を張っているのは『赤い靴跡』。
この地形で待ち伏せされているのを知らないのは、致命的のように思う。
地上が片づいて、召喚警騎士とあの白銀髪の若い騎士の子どもが地下に入ったあとはもう終わっていそうだ。
アッシュの狙いは、地上で戦う黒髪の召喚警騎士の女とそのパートナー。
助けてやる義理はないし、アッシュは舎弟と違って馬鹿ではない。
おそらく弟の召喚魔の娘は殺されない。
シドが二度ほど助けているのを、アッシュが知っているからだ。
【竜公国ドラゴニクセル】の適性がある少年も、元々ほしがっていたから殺されることはないだろう。
(いや、だが……犬と化け猫がいるからちょっと予想がつかねぇな)
ガウバスは強い。
元々戦闘種族で召喚警騎士を倒したこともある。
パワーもあるし、冷静さを欠いていなければ知識も活かせるし機転も利く。
そこに索敵能力の高いスエアロが加わると、『赤い靴跡』でもどうなるかわからない。
特にパートナーのいない召喚警騎士がスエアロ・ガウバスと一緒なのは気になる。
弟が無意味にあれらを一緒にするという、その意味。
「手を貸しますか?」
「アレのところに誰が残っているか?」
「剣聖が」
「……チッ。一番手が出しづらいな」
さすがに英雄の剣聖は倒すと世界の均衡が崩れかねない。
倒せないと思っていないが、倒したあとの始末が悪すぎる。
剣聖を失えば自由騎士団の権威がガタ落ちして、それこそ二十年前よりも状況は悪くなるだろう。
ほとんど力を失っている『聖者の粛清』のメンバーはシドに新たな頭となることを望んで、懲りることなく接触してくる。
やつらが弟の存在に勘づけば「弟でもいい」と旗印に掲げられるのは目に見えていた。
そうなれば二十年前の再現。
いや、弟の力を思えば、今度こそ……。
(剣聖レイオンは倒せない。守るというのなら守ってもらうか)
目を閉じる。
隠れ家として最適な『廃の街』ならば、ダロアログの痕跡の一つでも見つかるかと思ったがやはり魔力痕すら見つからない。
(透化外套と消音石を使っているな。目視と音、人混みに紛れられれば【機雷国シドレス】の機械兵でも探すのは無理か。本当に忌々しい……!)
その代わり、『赤い靴跡』とは別の集団の気配。
魔獣ではない。人間の魔力痕だ。
「…………」
「主人?」
「今は手を出す必要はない。仕事に戻れ」
「――はっ」