流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

誘拐された者

 
「捜索依頼ですか?」
 
 (リョウ)に呼ばれ、着替えてミセラ・ルオイの前にやってきたノインが告げられたのは依頼内容。
 師の仲間である彼女はにこり、と微笑む。
 
「ええ。捜してほしいのは九歳の小さな男の子なのですわ」
「――っ! 九歳の……男の子」
「姿が消えたのは三日前。お勉強のお時間をサボタージュされた際、お付きの者たちが見失ってしまったのですわ。貴族街に出たところまでは確認が取れておりますの。つまり――」
「貴族街で迷子になってる……にしては届出がない」
「そう。そこから導き出される答えは一つ」
 
 誘拐である。
 よりにもよって、あの幼い男児を好む変質者ダロアログ・エゼドがユオグレイブの町に来ている時に。
 
「けど、その子は王都の貴族なんですよね? なんでユオグレイブにいると思うんですか?」
「その子は今、立場が微妙で暗殺の危険すらあったのですわ。三男の立場でありながら、適性検査で魔力あり、異界適性が【竜公国ドラゴニクセル】と出てしまったんですの」
「ゲッ……」
 
 そこまで聞けば貴族事情にゆるいノインでも察してしまう。
 適性が【竜公国ドラゴニクセル】は一万人に一人、現れるかどうか。
 その適性が現れただけで、一気に後継候補筆頭に躍り出る。
 しかも三男。
 上に二人も候補がいて、まだ九つと幼い時にそう診断されたのであれば命が狙われても不思議ではない。
 おそらく公表される前に避難の意味も込めて王都から離れた場所に移動するつもりだったのだろうが、その矢先に何者かの手にかかったと考えるのが自然。
 
「まずくないです?」
 
 三日前に行方不明になった、となれば――正直生存は絶望的。
 
「ええ。でもだから捜さないというわけにもいきませんの。わたくしが来たのも、その対象がそれだけ貴い方ということなんですわ」
「……あ」
 
 王宮召喚警騎士筆頭の英雄の一人が、直々に捜しに来るような貴い方。
 九つの少年。
 三番目の――。
 
「……対象者のお名前は聞かない方がいいですか……?」
「さすがはノインくんですわね。レイオンの教育が行き届いておりますわ〜」
「さすがに、まあ……」
 
 最悪である。
 現在このウォレスティー王国には王子が五人おり、その三番目の王子が九つになったばかり。
 王宮の筆頭召喚警騎士が直々に捜しにくるということは、そうである可能性が極めて高い。
 なにしろ王家の家契召喚(かけいしょうかん)契約召喚魔は【竜公国ドラゴニクセル】の神竜である。
 しかも王家にその適性持ちが現れるのは五代ぶりのはずだ。
 つまり――もし第三王子が【竜公国ドラゴニクセル】の適性を発現させたのであればまさに待望の適性持ちとなる。
 間違いなく、立太子となることだろう。
 それを快く思わない第一王子、第二王子の派閥は第三王子を始末しようとする。
 第一王子は穏やかな人物と聞くので、あるいは保護しようとするかもしれない。
 どちらにしても過激派に見つかっていればすでにこの世にはいないであろう。
 最悪死体でも見つけて、持ち帰らねばならない。
 
「でも、そうか。死体が見つかってないのは逆に生きている可能性が高いってことですね」
「その通りですわ」
「わかりました。でも、貴族街かぁ……」
 
 さすがのノインも一度師匠に指示を仰ぎたい。
 聖剣はまだ使えないし、新しい剣は届いていないからだ。
 特注なので届くまであと一週間はかかると聞いている。
 
「それに、ボクが留守にしてる間リョウさんとジンくん大丈夫かなぁ」
「その点は心配ない。我輩が残る」
「あら、ダメですわよ。あなたはわたくしのお手伝いとして連れてきているんですから」
「ぐう……」
『ベレス 諦メマショウ』
 
 どちらにしても、人命がかかっているのならノインは協力する。
 ダロアログが幼児趣味だろうが、自分が変態の守備範囲内だろうが助けを待つ人がいるのなら関係ない。
 それが騎士というものだ。
 
「こちらの民宿にはわたくしの相棒を置いていきますわ。だから大丈夫でしてよ」
「あ、それなら安心ですね」
「ええ、頼りにしておりますわよ」
「はい! 頑張ります!」
 
 
 
 ***
 
 
 
 時はやや遡り、三日前の夜。
 ダロアログに連れて来られたのは地下通路のような場所。
 そこを歩き続けた結果、細い階段に辿り着いた。
 
「しばらくはここで身を隠す。シドの野郎もさすがにここまでは入って来れねぇだろうしなぁ」
 
 と、舌打ちをしながら蓋扉を開ける。
 匂いがひどい。
 腐ったワインの匂いだ。
 目を細めると、食糧庫らしい。
 魔石道具のランプに魔力を通して火を着けると、ダロアログは樽を動かして蓋を隠した。
 さらに岩に擬態していた扉を開けてリグを招く。
 今度こそ厨房に出る。
 埃まみれでしばらく使われていないとすぐにわかった。
 しかし、いつもとまるで違う。
 普段ならば、即座に町を離れる。
 連れて来られたことのない、豪華な屋敷に目を少しだけ見開いた。
 
「こっちだ」
 
 ダロアログに言われてキョロキョロしながら屋敷を進む。
 窓にはすべて、ダロアログの専属召喚魔であるスライムが張りついている。
 屋敷全体が覆われていると見て間違いないだろう。
 
(ダロアログのスライムの質量が増えている。【無銘(むめい)聖杖(せいじょう)】の力か)
 
 あまり力を持たせてはいないが、そのくらいのことは容易くできる。
 今までのスライムの数十倍は質量が増えているようだ。
 魔石を一つも持たされていない今の状態だと、逃げ出すのは難しい。
 まあ、逃げるほど困ってはいないので逃げる気は皆無なのだが。
 二階に上がり、子ども部屋に通される。
 すぐに“仕置き”でもされるのかと思ったら、部屋には後ろ手に縛られ、轡を嚙まされた金髪灰眼の少年が壁に寄りかかって怯えていた。
 今度こそ目を見開く。
 
「ここにいる間、コレの世話をしろ。それと、この“鍵”――テメェ、シドにもっと権限のある“鍵”を作っていやがったな?」
 
 それに対しては沈黙。
 確かにダロアログよりもシドの“鍵”に権限がある。
 それは意図してそうした。
 
「こっちにも同じだけの権限を与えろ。できるだろう?」
「――わかった」
「いや、こっちを正式な“鍵”にしろ。命令だ」
「それは、無理だ。どう改修しても同じレベルのものにしかならない。下手に弄りすぎると権限が下がる。お前とシドでは魔力保有量がそもそも違うのだから、権限を強めても魔力量で押し負けるぞ」
「チッ! それをなんとかしろっつってんだよ!」
 
 言い出すと思っていたが、苛立ったダロアログに髪を掴まれる。
 ブチブチ、という音と痛み。
 それに対して顔を顰めることもない。
 慣れた痛みだ。
 むしろ、まだ大したことはない。
 
「一つ勘違いしている、お前は」
「なに!?」
「僕にとって僕を()()しているのはお前だが、僕をもっとも正しく使えるのはシドだ。僕は僕を正しく使える者の所有物として働く」
「っ――!?」
「シドが『否』と言うのなら、僕にとってはそれが正しい。お前の望むものなら作ろう。だがシドがそれを『否』というのなら、僕はそれ以上のものを作らない」
「リグ……テメェ、自分の立場わかってんのかぁ? なぁ?」
「わかっているし、勘違いしているのはお前の方だ。僕が言いなりだったのは、シドが許していたからだ。でも今回、シドが明確に『否』を唱えた。欲を出しすぎたのか、それともお前の背後のモノが余程気に入らないのか……」
 
 髪を掴まれたまま、床に叩きつけられた。
 さすがに今のは痛い。
 髪が引き千切られて、血が床に散る。
 最後のものは地雷だったのかもしれない。
 可哀想な男だ、と見上げると、ものすごい殺気に満ちた顔が見下ろしている。
 
「そぉかそぉか。よぉーくわかった。つまりシドを殺せばいいわけだな」
「っ……できるわけがない」
「そうでもねぇよ。野郎を殺したいやつらは意外と多いもんだぜ。それに、それならそれでこの聖杖を上手く使って“聖杯”の魔力でぶち殺しゃぁいい。元々そのつもりだったしなぁ」
 
 無理だ。シドは強い。ダロアログにやられるわけがない。
 無理に体を起こし、ジッと見上げるがダロアログは背を向けて部屋の入り口に歩き出す。
 本気のようだが、あの兄が、ダロアログに負けるだろうか。
 リグが思っている通りのことをしても、ダロアログに勝ち目はない。
 ダロアログがリグにかけているいくつかの呪いのすべては、シドにとっても“聖杯”を用いれば解呪は不可能ではないのだ。
 まさかそんなこともわからないほど、怒りで判断能力が落ちているのだろうか。
 屋敷全体を結界が覆い、人の気配を殺す。
 溜息を吐いてから、立ち上がってちらりと世話を押しつけられた子どもを見る。
 怯えた灰色の目がこちらを見ていた。
 エルフの治癒魔法で怪我を治して、歩み寄る。
 鬼の鬼火魔法で縄を焼き、轡を外すと驚いた表情をされた。
 
「だ、誰だ」
「それはこちらのセリフなのだが……まあいい。僕はリグ。怪我はなさそうだな」
 
 頭に触れると「ひっ」と小さな引きつった声を出される。
 余程怖い思いをしてきたらしい。
 確かに、ダロアログは大きい上乱雑だ。
 哀れに思うが、手を出されていないようだからまだマシだろう。
 
「食事にしようか」
「しょ、食事……」
「世話をするよう言われた。食事と、風呂、睡眠は必要だろう。まずは食事を作る。一緒に作るか?」
「え……? 一緒に、作るのか? 食事を?」
「僕はお前がなにを食べるのかわからない。一通り作れるが、好みがあるだろう」
 
 そう言うと、恐怖に歪んでいた色は好奇心に変わる。
 そして「作る!」と元気のよい返事が震えていた唇から出た。
 
「あ、ぼ、ぼくはレオスフィード・エレル・ウォレスティーだ!」
「そうか。では厨房に行こう」
「うん!」
 
 手を差し出すと、まだ少し冷えた小さな指先が乗せられる。
 世界一奇妙な同居生活の開幕である。
 
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