流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

『戦士の墓』 1

 
「ぐぁぁあっ!」
「っう!」
「リグ!?」
「なんだ!?」
 
 突然、リグの左肩から血が噴き出した。
 だがその前に、リグ以外の悲鳴が聞こえてフィリックスは右斜め下にある巨大な柱の墓標の方を見る。
 どさり、と大男が地面に血を垂らして倒れ、その横には白いマントの男が佇んでいた。
 
「シド・エルセイド……ダロアログ・エゼド!」
「っ!」
 
 ノインが名前を呼ぶ。
 その真後から、スエアロが飛び出してリグのところに駆け寄ってくる。
 ダロアログが消せないもの――スエアロが匂いで探し当て、シドが斬りつけて存在をあらわにしたのだ。
 
「ダンナさん! なんでリグのダンナさんまで怪我してんの!?」
「騒ぐな、犬。想定内だ。リグ、まだ治すなよ」
「やめ――! ぐぁあああっ!」
「っう!」
 
 体が半分透けたダロアログの膝を、シドが斬りつける。
 ダロアログの本当に驚いた表情。
 そして、フィリックスに抱えられたままのリグの膝からも突然切り傷がついて、出血した。
 やはり、ダロアログが怪我をすると、まったく同じ場所にリグも怪我をする。
 
「あ、あのクズ野郎……まさか怪我を共有する呪いまでかけているのか……!?」
「なんで……シド……やめて! リグまで怪我してる!」
 
 額に脂汗が浮かぶリグを抱え直すフィリックスと、側に近づく(リョウ)が訴えるが、シドが不本意そうに振り返る。
 
「バーカ。なんのためにお前に治化狸(ちばけたぬき)と稲荷狐の契約魔石を渡したと思っている」
「え?」
「近くにリグがいるのなら、本来の力を解放して呪いごと怪我を癒せ。そのために渡しておいたんだからな」
「――!」
 
 ポケットからおあげとおかきの契約魔石を取り出す。
 なにかを察したダロアログが立ちあがろうとするが、シドに蹴り飛ばされる。
 坂道を転がるダロアログが集中力を欠いた。
 その瞬間を狙う。
 (リョウ)が契約魔石をリグの右手に握らせる。
 
「リグ」
 
 シドが作ったチャンス。
 名前を呼んだ瞬間、赤い石が光る。
 
「エルセイドの家名にて盟約を交わせし異界の者よ、その力を今こそ示せ――」
「お願い、おあげ、おかき! リグの状態異常を()()解いて!」
「コーン!」
「ぽんぽーん!」
 
 顔を上げると七色の光が飛び散花火のような大きさで飛び散った。
 ハロルド・エルセイドが、なにか魔法を放ったのだ。
 それをオリーブとミルアが防いだため、衝突して霧散したらしい。
 しかし、そのおかげで(リョウ)とリグの魔力を受けたおあげとおかきが本来の姿を取り戻す。
 (リョウ)たちの周りに鳥居が落ちてきて、四方を囲う。
 不思議と、この鳥居に囲まれた場所は安全だと感じた。
 
「ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん」
 
 鳥居に乗ったおかきがお腹を叩く。
 人の腰ほどまでの高さになったおかきがお腹をテンポよく叩く。
 その音に宙を舞う亡者たちの動きがゆっくりになる。
 
「コォオオォォォォオン」
 
 銀の毛並みを持つ同じくらいの大きさの六尾の狐が、同じく鳥居の上に登って雄叫びを上げた。
 丘全体を覆うほどに、白銀の光が波紋になって広がっていく。
 
「これは――領域魔法!? しかもこんなに広範囲……」
「ジンくん、領域魔法ってなに?」
「あ、ええと……一度発動すると絶対効果の付与された領域が広がるんだ。その領域範囲内にいればその効果を受けられる。魔力コストが高いけど、その分効果も高い。領域の色は白と緑だから、異常状態全解除と異常状態無効化、治癒回復だね」
「え、すごくない!?」
「すごいよ!」
 
 振り返ったノインに丁寧な説明をする(ジン)
 つまりこの鳥居の中は、すべての異常が消されて新たに異常状態になることもなく、怪我も治癒される。
 異常というのは、病や呪い、暗示などすべてが対象。
 
「リグ、大丈夫?」
「……ああ……」
「すごっ! 生理痛も痛くなくなった!」
「こ、ここでそういうことを言うべきではありませんわよ、ミルア! 本当に、あなたそういうところです!」
 
 ミルアさん、今日生理痛ひどかったのかぁ、と思ってしまう(リョウ)
 怒るオリーブに「オリーブは生理痛軽いからわからないよー!」と叫ぶミルアに、思わず「うんうん」と頷いてしまう。
 この世界にも生理痛のお薬はあるけど、そんなに効かないのが悲しい。
 それはそれとして、リグの怪我が瞬く間に塞がる。
 ホッと息を吐く(リョウ)とフィリックスとスエアロ。
 
「この日を――この瞬間を……どれだけ待ち侘びただろうなぁ?」
 
 その場に響く、シドの声。
 砂を掴み、半笑いになったダロアログが「な、なあ、まあ、落ち着けよ、シド」と声をかけても聞く耳はなさそうだ。
 右手に持つ【無銘(むめい)魔双剣(まそうけん)】の片方を、ダロアログの鼻先に突きつけ、きっと見たこともないいい笑顔を浮かべていることだろう。
 なにより、【無銘(むめい)聖杖(せいじょう)】をシドが左肩に担いでいる。
 完全に、ダロアログを守るものはなくなった。
 
「息子よ」
 
 シドが振り返ることなく「キモい」と一蹴する。
 全裸の男が近づいてくれば、それはそう言って当然なのだがそういう意味ではないだろう。
 
「ダロアログは小間使いに過ぎん。これからは親子三人で、楽しく暮らそうではないか」
 
 心にもなさそうなことを提案して、ハロルドがシドの方へと近づいていく。
 ここでシドとハロルドに手を組まれれば、勝ち目もなければこの先この国の無事では済まない。
 署長たちが「まずい、まずいぞ。[異界の愛し子]だけでも確保しろ」とリグに手を伸ばすので、フィリックスが抱えたまま庇う。
 明確な反逆行為だろうが、ノインがフィリックスより前に出て警騎士たちへ剣を向けるとたじろがれる。
 それに(リョウ)は半ば確信があった。
 シド・エルセイドはあんな話には、絶対に乗らない。
 
「この世界は腐っている。八異世界の住民たちを『召喚魔』などと呼んで差別して、使役して得意な顔をしている。間違っていると思わないか? 同じ人間すら、ゴミのように扱う腐り果てた人間が支配しているこの『エーデルラーム』は」
 
 それがハロルド・エルセイドの主張。
 確かにレイオンの言う通り、ハロルドの主張自体は間違っていないように思う。
 ……若干、「全裸で言われてもなぁ」と思わないでもないけれど。
 
「素っ裸の変態親父がどんないい話してても耳に入ってこねぇんだわ」
 
 誰も言わなかったのに、とスフレが呟いた。
 そう、誰も言わなかったのに、言っちゃった。
 
「……確かにな。ダロアログ、その外套をよこせ」
「お、おい、待てよ、ハロルド! お前の言う通りにしたんだ! 助けてくれるんだろう!? お前の息子だぞ!」
「まんまと首輪を外され、もう片方には首輪をつけてすらいない。お前には失望したよ」
「テ……テメェ……!」
 
 シドを通り過ぎて、ダロアログが纏っていた透明になる外套を奪い取るとハロルドはそれを纏う。
 血がついて完全に透明化しなくなったそれを、溜息混じりに眺めてから「ないよりマシだな」と評する。
 
「ハロルド! テメェの息子を育てたのは俺だ! テメェを復活させるために動いてきたのも! 切り捨てるってのか!?」
「私は今復活したばかりで契約魔石も持っていない。お前が私を万全の状態で迎えたのなら、助けるのも吝かではないがこんな中途半端な状況で『助けろ』と言うのは、無理があるだろう」
「ク、クソ野郎が……!」
 
 立ち上がったダロアログがスライムを呼び出し、その中から大剣を取り出す。
 怪我を押して戦うつもりか。
 覚悟を決めたようにも見えない。
 
「なあ、シド、取引しようぜ? 助けてくれたら、お前の奴隷になってなんでもする。だから命だけは助けてくれよ」
「……心底哀れなゴミ野郎だな。俺を敵に回してまで復活させた変態親父には見捨てられ、散々煽り倒してきた俺に命乞いかよ。まあ、お前の命乞いは想定内だけど」
 
 本当にダロアログにはもう興味がないとばかりに、ハロルド・エルセイドは丘を下っていく。
 ダロアログのことは救いようがないと思っているが、それでもハロルドの方が信じがたいクズに見えた。
 シドもハロルドのことを追うつもりはない。
 
「ノイン、ジン、リョウちゃんとリグを頼む。署長、ハロルド・エルセイドをここで逮捕しましょう! ここで逃して力を蓄えさせれば、再びこの国に……いえ、世界に敵対するに違いありません! ここでとり逃せば、署長の名は地に落ちますが捕えられれば英雄です!」
「ぐ、う……そ、それもそうだな! よし、行け平民ども! 必ずやハロルド・エルセイドを捕えるのだ!」
「ミルア、オリーブ、スフレ、行くぞ」
「「了解!」」
「ええ、参りましょう!」
「ワタクシも行きますわ! あなたのおっしゃる通り、今この場で捕らえなければ……確実に大変なことになります!」
 
 フィリックスたちとアラベルがハロルドを追って丘を下る。
 その横で、シドがダロアログの剣を弾き飛ばした。
 シドは絶対に、今度こそ、ダロアログを許さない。
 
「クソクソクソクソ……!」
「俺がこの日をどれだけ待ち侘びたか……なあ? ダロアログ」
 
 恍惚とした声からも、シドの喜びが窺えるようだ。
 けれど、リグが立ち上がって「シド」と力なく呼びかける。
 スエアロと(リョウ)が慌てて腕を掴むが、リグはもう一度「シド」と制止するように声をかけた。
 
「とめるな。いくらお前の頼みでも、こいつは殺す」
「……っ」
「――だが、まあ、そこまで言うなら剣で殺すのはやめておこう。お前にその価値はない。俺の手で、首をへし折る。しょんべん垂れ流しながら泣き喚いて死ね」
 
 右手の魔双剣の片方を、鞘に戻す。
 すると、(リョウ)の首輪も蛇口を捻られたように魔力の流出が止まった。
 間もなくおあげとおかきが元の姿に戻り、鳥居が消える。

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