流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
『戦士の墓』 2
「クソー!」
「ウザってぇんだよ!」
スライムをけしかけるダロアログだが、【無銘の聖杖】を振るっただけでスライムを凍りつかされ大剣を拾いに走るがそれもシドに阻まれる。
首を掴まれ、十字架の墓標に背中を叩きつけられるとそのままゆっくりと首を絞められていく。
呻き声が、涼たちのところまで聞こえてくる。
「ぐ、ぎ、ぐぅ、ぐぐぅ、だ、だずけ……だずけ……がぁぁ……」
「いい顔だな、ダロアログ! 最高の最期じゃねぇか。お前にもそんな見せ場があったんだなぁ? しばらく夢に見そうなくらい、イイ……」
「ぐぁ」
短い悲鳴。
そのあと、どさり、とダロアログが地面に倒れる。
シドが右手を掲げて宙を漂う亡者を呼び寄せると、それをそのまま、ダロアログへと振り下ろす。
「ヤ……ゃ、め……ァぁ……ァァァァァぁ、あァアアア……!」
「地獄で永遠に楽しく弄ばれろ。お前には鎮魂なんて許さねぇ。ここの亡者どもの慰み者になるんだな」
「ァァあぁアぁぁァァああァあぁァアアアぁァアアァ」
亡者たちが群れを成してダロアログの体の中に入っていく。
地面にズブズブと引き摺り込まれ、見えなくなる。
ごくり、と生唾を飲み込む。
震えていた署長が「は、早くやつを捕えるのだ」と残った部下をせっつく。
無論、部下たちもフルフルと首を横に振る。
「リグ、来い」
振り返り、見上げるシドの白いマントが風に靡く。
シドに呼ばれたリグがふらりと一歩、歩き出す。
(あ――どうしよう)
ダロアログがいなくなった今、シドにリグがついていくのは当然。
では、涼はどうするべきなのだろう。
二人について行くべきなのか。
けれど、今の生活を捨てるのは――。
「い、いやだ! だめだ!」
「レオスフィード」
「リグ、リグはぼくにもっと召喚魔法を教えて! 王都に行かなくてもいいから! ぼくがリグを守るから!」
ヒュウ、とノインが口笛を吹く。
リグの腰にしがみついて、やだやだ、と首を横に振る。
王族の事情はわからないが、今までダロアログに捕まって不安がっていたのだから無理もない。
「レオスフィード・エレル・ウォレスティー第三王子か。確かに今お前は王都に戻らない方がいいだろうな」
「っ! ぼ、ぼくのことを知っているのか……」
「お前の情報だけで夕飯が豪華になるからな」
言い方が酷すぎる。
若干呆れてシドを見ていると、おあげとおかきが元のサイズに戻って涼の両肩に飛び乗ってきた。
スーッと体が楽になる。
魔力を無理やり使わされ、慣れない感覚で気怠くなっていたのだと今気づいた。
「で、どうする? リグ」
「……」
「お前の魔力、ほぼ空だろう? 無理はしなくていい。この町の召喚警騎士団に囚われようが、王都に連れて行かれようが今の召喚警騎士の戦力は大体把握した。――俺の相手にならない」
「ひぐっ!」
見上げたシドと目が合った署長が引き攣る。
確かに五割の戦力を一人で相手にしたシドは、それでもまだ余裕があった。
王都の精鋭も、【無銘の魔双剣】に加え、【無銘の聖杖】も手にしたシドの敵ではないのかもしれない。
「それにハロルド・エルセイドがあのまま逃げ果せれば、俺に構っている時間もないだろう。まあ、猿の獣人を連れた召喚警騎士は他のよりはできる。家契召喚の契約魔石も持ってない全裸の変態ジジイぐらい、捕えるのは難しくないだろう」
おや、と思う。
シドもフィリックスのことはそれなりに高く評価しているらしい。
しかし、それよりも署長が気になったのは別のところ。
「契約魔石を、持っていない?」
「ああ、エルセイド家の家契召喚契約魔石は全部俺が持っているからな」
小さな青い色の収納宝具を頬に当てて見せる。
ひくっとわかりやすく喉を引き攣らせる署長。
「つまりあのおっさんは、一から契約魔石を集めなきゃならない。取り戻すために俺と敵対するのならそれもよし。リグを連れて行くのなら、俺よりもあのおっさんを警戒した方がいいかもな?」
「ぐ、ぐ、ぐっ……」
それはつまり、シドと取引するための手札がリグであるということ。
リグを連れて行くのなら、ハロルドの強襲も考えろ、ということを暗に告げている。
また、シドにはエルセイド家の契約魔石がすべてあるというのも新情報だ。
シドの手札はまだある、ということ。
「シド……」
「それで? ユオグレイブの町の召喚警騎士団署長殿は俺を捕えたりはしないのか?」
「う、ぐ、ぐ、ぐっ……」
「ハハ!」
部下たちも後ろに後ずさる。
前へ出たのはノインだけだ。
しかし、そのノインも剣を抜くことはしない。
まだノインの剣は借り物だ。
また壊すわけにはいかない。
署長たちを嘲笑い、シドが背を向ける。
「リグのダンナ、本当にいいの?」
「よくわからない」
リグも悩ましいのだろう。
シドと一緒に行きたいが、シドと一緒にいればおそらくリグにも賞金がかけられる。
シドは以前、涼に「一緒に来るか?」と聞いておきながら「俺は日陰ものだから」と涼が一緒に来ないことをよしとした。
きっとリグにも同じことを願っている。
弟には、陽の当たる穏やかな場所で生きてほしいと。
リグもそれがわかっているから、複雑なのだ。
ようやくダロアログから自由になったのだから、本当ならシドと一緒にいたいのだろうに。
「リグ、シドが普通に生きられるように指名手配犯から外してもらえる方法はないか、フィリックスさんたちに聞いてみよう。今王都から王宮召喚魔法師のミセラさんという人も来ているし」
それに、とリグにしがみつく男の子を見下ろす。
第三王子だというこの子が協力してくれたなら、もしかしたら――。
「わかった。僕にできることなら――」
「うん……って、大丈夫!?」
「リグさん!」
ぐらり、と倒れかける。
涼が支えるが、顔色が悪い。
「すまない、魔力がほぼ空なんだ」
「もしかして、私の代わりにリグが魔力を負担してくれたの……?」
「いや、僕の体主体で儀式が行われたから、どのみち足りなくなっていた。君の魔力は補助だ」
「ぐぅ……」
あの卑怯者め。
最初からリグと涼の魔力ありきで儀式を強行したのか。
「とりあえず召喚警騎士団本部には任せられないし、病院に運んだ方がいいかもね。あそこは中立だから署長命令でも手が出せないし」
「ぐぅっ!」
「王子様も召喚警騎士団の本部は嫌でしょ?」
「断る!」
「で、殿下……」
キッパリ叫ぶレオスフィードに、署長がたじたじになる。
やはり貴族は縦社会。
一番上の王族の言うことは絶対らしい。
それを聞いて、ノインが揚々と「決まりだねぇ」と笑う。
「フィリックスさんたちは大丈夫かな?」
「っていうか、人数が多いんだから署長さんたちも応援に行けばよくない? ボクは逮捕権限ないし、手持ちの武器がボクの持ち物じゃないから協力しに行けないんだよね」
「じゃあ、オレが行ってくるよ。ハロルド・エルセイドは放っておいたらまずい気がするんだ」
「わかった。リョウさんたちのことは任せて。だーれにも手出し許さないから」
にこり、と微笑むノイン。
誰も、とはもちろん署長たちのことだ。
「リグさん、歩ける?」
「ああ……」
「私の肩に掴まって」
「コンコン!」
「え?」
さすがに寄りかかられるとつらい、と思うがリグを病院まで運ぶためなら。
そう思った矢先、おあげが突然くるんと回りながら涼の方から降りる。
そして、宙返りを一回。
ぽふん、と煙を纏い全長五メートル、高さ二メートルほどの巨大な六尾の狐の姿になった。
「おぉん、おおん」
「リグ、おあげが乗せてくれるって。乗れる?」
「……君も乗るなら」
「え」
「ぼくも乗ってみたい」
「え」
挙手した王子様。
結局チュフレブ総合病院まで、涼が先頭に乗りリグが涼の肩に頭を載せたまま乗り、一番後ろにレオスフィードが乗った。
署長たちはノインにせっつかれて、渋々ハロルドを捕らえに向かう。
激しい戦闘の音を聞きながら、涼たちはその場を離脱することができた。
「ハロルドのことは心配だけど、ひとまず一件落着でいいのかな?」
「だといいねぇ」
クスクス笑うノインが走りながらついてくる。
背中に感じる、召喚主の温もり。
(本当に、よかった)