流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

車両内の進撃

 
 あーん、と大口を開けて金平糖を放り込む金髪碧眼の美青年。
 ぽりぽり金平糖を噛み砕き、微妙な顔をする。
 
「甘……」
「苦手だったか?」
「そうだな。こんな砂糖の塊食ったことねぇ」
「んむ」
 
 眉を顰めた兄に、申し訳なさそうな顔をするリグ。
 そのリグの口に金平糖を一粒押し込むシド。
 対面、三人がけの椅子。
 窓際の(ジン)、通路側のリグに挟まれた(リョウ)は隣でそんなやりとりをされて内心悶えが止まらない。
 胸がキュンキュンと苦しくて、自分の感情がどういう状況なのかわからないので、とても困っている。
 
「甘い」
「だろう」
「ぼくも食べたい」
「殿下!?」
「ん」
「あーん。ん」
 
 シドの隣に座っていたレオスフィードが手を挙げる。
 それに対してシドはなんの迷いもなく、レオスフィードの口の中に金平糖を一粒放る。
 シドの逆隣に座る従者の悲鳴じみた声は、無視された。
 
「甘ーい! 美味しい!」
「ん」
「ふえぁっ!?」
 
 そして、斜め前に座る(リョウ)の口にも親指で押し込まれた。
 ほんのり鉄の――血の匂いがする。
 誰かを血が飛ぶほどに殴り飛ばしてきた手なのに、甘い金平糖が放り込まれて先程の渦巻く感情も相まって思わず口を押さえてしまった。
 
「りょ、(リョウ)ちゃん、大丈夫!?」
「だ、だ、大丈夫……ちょっと驚いただけだから」
「ん」
「オ、オレはいらないです」
 
 年下全員に配るつもりだったらしい。
 
((もしかして、子ども好き……?))
 
 などと(リョウ)(ジン)が考えていると、またリグの口の中に直接金平糖を押し込んでいた。
 まるで親鳥が雛に餌を与えるような。
 そこまで考えて、(リョウ)にはシドの行動が今まで自由に食べたいものを食べられなかった弟への、ささやかな愛情なんだろうと思った。
 (リョウ)もリグには色々なものを食べてほしいと思っている。
 シドはずっとそう思っていたに違いない。
 ただ、口を開けたレオスフィードにもポイ、と食べさせているので、それとは別に普通に子どもは好きそうである。
 
「……フィリックスさんたち、大丈夫でしょうか……」
 
 前方の方から時折爆発音のようなものが聞こえてくる。
 実質フィリックスとノインだけで救助に向かったのだ。
 サポートのスフレは優秀だが、それでも何人が列車に侵入しているのかわからない。
 レイオンが最後尾の車両から戻ってくる。
 
「王都に連絡をつけておいた。駅に入ったら即座に騎士が突入して救助に来てくれる」
「よ、よかった」
 
 安堵の声を漏らす(ジン)
 しかし、金平糖の袋を閉じてしまったシドがそれを嘲笑った。
 
「そもそも安全に駅へ着くと思うのか?」
「えっ」
「ど、どういう意味ですか」
「俺なら列車をそのまま脱線させて、王都をぶち壊せるだけぶち壊す。この列車は装甲列車だ。町にこの質量と速度のモノが突っ込んだらさぞ大事になるだろう。しかも召喚魔。【機雷国シドレス】の機械兵やサイボーグがいれば、操作権を乗っ取れる。俺は貴族なんぞどうでもいいが、ハロルド・エルセイドは貴族憎しの過激派なのだろう?」
「っ」
 
 驚いた(リョウ)(ジン)に、シドが丁寧に説明する。
 まさかそんな、と思うが、レイオンの表情はどんどん険しくなっていった。
 本気で――。
 
「や、やるんですか?」
「やりかねねぇな」
「ど、どうするんですか!?」
「運転席をこちらで確保するしかない。召喚魔なら僕がなんとかできる」
「あ、あの! それなら私たちも行きませんか!?」
 
 運転席を確保しに。
 立ち上がって主張すると、シドに意外そうな顔をされた。
 
「お前なにもできないだろう」
「うっ!」
「シド、【無銘(むめい)聖杖(せいじょう)】を僕に貸してほしい」
「[聖杯]を使うつもりか?」
「いや、彼女自身の魔力の一部を解放する。召喚魔法を実際使わせて経験させておきたい。それに、黒魔石の魔力を僕の方に逆流させれば回復も早まる」
「ふーん……まあ、そのあたりはお前の方が上手いしな。いいぜ」
「リグ……!」
 
 黄色い柄の収納宝具から、【無銘(むめい)聖杖(せいじょう)】が出てきた。
 初めて見た時とは違い、リグの背丈よりやや高いぐらいになっている。
 三日月型の白い装飾が増え、先端から三日月の真ん中に垂れ下がるのは黒魔石。
 
「なんかものすごく強そうになってる」
「ダロアログに改良しろと言われて」
「“無銘”なのか」
 
 じっと杖を見上げた(リョウ)の呟きに、リグが答える。
 その後ろから、レイオンが同じように杖を見ながら聞いた。
 
「魔双剣も聖杖も生まれたてで因果を持たない。故に無銘だ」
「なるほどな。持ち主次第というわけか」
「リョウ、封印を一部解除する。治化狸(ちばけたぬき)と稲荷狐の契約魔石は君が持っているから、魔石に魔力を流すところから始めてみてほしい。上手く魔力供給ができたのなら、次は未契約の魔石を渡すから召喚してみるといい」
「わ、わかった!」
「オレも行きます」
「お、お待ちください! それでは殿下を誰が守るというのですか!?」
 
 従者が立ち上がる。
 忘れていたわけではないが、レオスフィードも護衛対象だ。
 そして、レオスフィードは従者と違って待っているつもりは最初からない。
 
「なにを言っている? ぼくも行くぞ」
「はああ!? な、ななななななにをおっしゃっているのですか!? そんな、危険すぎます!」
「リグとリグの兄、剣聖レイオンまでいるのだぞ。大丈夫に決まっている! リグの兄は世界一強いんだろう?」
「まあな」
 
 謙遜するでもなく、あっさり認めた。
 実際、シドより強い人間は『エーデルラーム』にはいないだろう。
 金平糖の餌付けがよほど効いたのか、レオスフィードはすっかりシドにも懐いている。
 チョロすぎて不安になるレベルだ。
 
「ぼくが一緒に行けばここに留まる理由はなくなるよな?」
「そうですが、よろしいのですか?」
「うん!」
 
 レイオンが最終確認をする。
 それにドヤ顔で胸を張るレオスフィード。
 シドが守りたいのはリグだけだろうが、レイオンが護衛する対象はリグと(リョウ)とレオスフィードだ。
 レオスフィードも一緒にくれば、後ろを気にする必要はなくなる。
 
「助かります。では、先頭目指して行くとしましょうか」
 
 剣を抜いたレイオンについて、移動を開始する。
 途端に、シドが「俺は上から行くわ」と言って割れた窓から出ていった。
 あんぐり口を開ける従者。
 しかし、直後に「ぎゃああああっ!」という叫び声と共に先程のような黒い特殊兵が落下していった。
 
「リグの結界で入れなくなっているようだな」
「結界の範囲は縮める」
「わかった。最悪自分とリョウちゃんとレオスフィード殿下だけは、必ず守るようにしてくれればいい」
「わかった」
「行くぞ」
 
 レイオンが扉を開けて、六両目の車両に進む。
 (リョウ)は歩きながら、肩に乗るおあげとおかきの
 契約魔石を両手で包み、魔力を流す。
 本来であれば魔石の契約者にしかできないことだが、その契約者であるシドとリグが一時的に(リョウ)を代理契約者として認めているため可能なのだ。
 六両目の車両には、細身の量産型機械兵が待ち構えていた。
 一部は破壊され、床や座席に倒れ込んでいる。
 フィリックスとノインの仕業だろう。
 
「えっと……こういう時は……」
「魔力は温存しておけ」
「え、あ、は、はい」
 
 薄い黄色の魔石を取り出した(ジン)に、リグが注意する。
 目的地は先頭車両。
 まだここは六車両目。
 先は長い。
 ここで召喚魔法を使い、魔力を消費するのは得策ではない。
 
「でかい列車内だから動きやすい!」
『目標補――』
「でぇい!」
 
 レイオンの剣が風を纏い、レイオンの身を包むと一瞬で車両内の機械兵が真っ二つになって強制送還される。
 驚いてしまう(リョウ)とレオスフィード。
 
「す、すごい! これが英雄剣聖レイオン・クロッスの宝剣フラガラッハ!」
「恐縮ですよ。さあ、前へ急ぎましょう」
 
 そうか、レイオンも剣聖なので【戦界イグディア】の武具を持っているのか。
 当たり前なのだが、あれもまた高名な剣に違いない。
 六両目を制圧して、五両目に進む。
 五両目にいたのは、骨の竜戦士。
 剣や槍を持ち、入ってきた(リョウ)たちの方を一斉に向く。
 
「【竜公国ドラゴニクセル】のボーンドラゴンポーン!」
「チッ……懐かしいな。ハロルドの野郎が好んで使っていた召喚魔じゃねえか」
「ということは……」
 
 さすが、【竜公国ドラゴニクセル】の適性がある(ジン)はその召喚魔をすぐに言い当てる。
 レイオンが笑みを浮かべつつ緊張の面持ちで出した名前。
 その男が好んで使っていた、ということは――。
 
「前方に魔力が集まっているのを感じる」
「クソ、急いだほうがよさそうだな。ジン、さすがに数が多い! わしが討ち漏らしたやつらを頼む」
「はい!」
「えっと、えっと……」
「落ち着け。リョウ、君は後方を。屋根の上はシドが始末しているが、新手が来ないとも限らない。稲荷狐を戦闘フォルムに変身させておいた方がいい」
「は、はい! おあげ!」
「コーン!」
 
 五両目のボーンドラゴンポーンなる骨の竜戦士を斬り裂くレイオンと(ジン)
 弓矢を使うボーンドラゴンポーンは、リグが機械兵召喚して銃で討ち取る。
 攻勢に回るとやはりリグも相当に強い。
 
「コオオォォン!」
「ひぅ」
 
 可能性は低かったが、(リョウ)が見張っていた六両目との境に、突然後ろの側面から黒いローブの男がナイフを持って襲いかかってきた。
 それを大きな六尾の姿になったおあげが撃退する。
 
「あ、ありがとう、おあげ」
「コーン!」
「前方が開いた! 四両目に向かうぞ!」
「は、はい!」
 
 戦ったのはおあげだが、リグが頷いてくれたので(リョウ)は少しだけ緊張の溜息を吐き出した。
 ――戦った。役に立った。戦いで。
 
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