流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
聖杯と愛し子
「ほらな」
先頭車両に入ると、シドが溜息を吐く。
そこはもぬけの殻。
ただ目の前のモニターは真っ赤になっていた。
王都の地図らしいものが表示され、ルートが指定されている。
王都をトグロを巻くように横断し、最終目的地は中心にある城だ。
「これじゃ無関係な人がたくさん犠牲になるじゃないか!」
「リグ、止められそうか!?」
モニターを見上げながらノインが叫ぶ。
レイオンはリグを振り返るが、リグはモニターを見上げたあと「ふむ」と親指を顎に当ててから兄の方を確認する。
「可能だが――シド、なにか気になるのか?」
「ネタバラシ済みってことは普通に罠だな」
「罠!?」
「……くっ……解除されるのは予測済みってことか。ハロルドらしいやり口だな」
シドが腕を組み直す。
さすがに二十年前に戦ったことのあるレイオンはすぐに苦虫を噛み潰したような顔になり、ハロルドの次の一手を考え始めた。
しかし時間はない。
到着まであと二十分だ。
「ということは、王都に突っ込んで暴走するっていうのは嘘で、他になにか別のことをやる指示がインプットされてるんですか?」
「いんや? 王都を暴走するっていうタスクを解除されると、別のタスクが実行されるようになってるっつー話。で、多分それは王都を暴走するタスクより確実にクソ」
「最悪じゃないですか!」
刃もモニターと運転席に近づいてみるが、翻訳補助があるわけではないため一部が読めない。
恐る恐るシドに質問した結果、そんな答えが返ってくるものだから思わず叫び返してしまう。
「そのタスクの内容はわからないのか?」
今度はフィリックスがシドに問う。
あえて「俺なら――」という前置きを入れてからモニターを見上げる。
「王都の駅に入った瞬間自爆させるな。証拠を残したくねぇし」
「うわぁぁぁぁ! ハロルドがやりそうなやつ〜!」
シドが言った瞬間、レイオンが頭を抱えて跪く。
絶対それじゃないか。
「主人、差し出がましいようですが発言をお許しください」
「なんだ?」
全員がビクッとしてしまう。
突然どこからともなく聞こえてきた声は、風磨のものだ。
シドが自分の影に対して答えたので、どうやら影の中に潜んでいたらしい。
「ハロルド・エルセイドは主人の持つ家契契約魔石を狙っているのではないのでしょうか? 爆散させれば手に入らなくなります。[聖杯]と[異界の愛し子]をみすみす逃すとも思えません」
「――まあ、確かに。『赤い靴跡』やさっきのベレスという召喚魔法師と当然通じていたと思えば、[異界の愛し子]と[聖杯]、俺の持つ“鍵”のことももう知っているだろうしな」
「であるのならば、主人を含め列車ごとどこかに閉じ込めて処理するのでは」
「空間魔法か」
「な、なんだそれ?」
二人の会話があまりにも物騒で、どんどん怖くなっていく。
しかもフィリックスが聞き返した。
召喚魔法師学校首席で、召喚警騎士としてもトップクラスに有能なフィリックスが知らない魔法。
「ハロルド・エルセイドは異界の壁を消滅させたことがある。異界と『エーデルラーム』を隔てる壁は各異界の神と『エーデルラーム』の神で交わされた契約に基づいて作られており、異界と『エーデルラーム』を繋げるのは神のかけらである各異界の属性をした魔石だ。話せば長くなるので割愛するが、ハロルド・エルセイドはその理論と仙人仙女が用いる収納宝具を調べ上げて解析して、それを壁に応用したと思われる」
「う、うん、つ、つまりどういうこと? ジンくん?」
「えーと、つまり簡単に言うと収納宝具を調べて壁に応用できないか、ってハロルド・エルセイドは考えて、実際できちゃったってことだと思うな」
「なるほど!」
リグの説明を刃がより細かくしてノインに伝える。
割愛した意味よ。
リグも若干解せぬ、という不満顔だが、話が長かったので仕方ない。
「まあ、つまりハロルド・エルセイドにはそういう空間に干渉する魔法が使えるということだ。リグも異界の召喚魔の魔法を使えるだろう? だがどちらにしても王都を暴走するのを防ぐには、リグが解除するしかねぇ。リグ、お前、罠を全部解析して解除することはできるか?」
「やってみないとわからないが、正直今日はそんなに体調がいいわけではないから魔法の方は怪しい」
「マジか!?」
「我慢できると思っていたが初めて乗ったからなのか、ずっと気持ちが悪い」
「列車酔いしてたの!? 顔に出なさすぎでしょ!? 言ってよ!?」
機械だけだと思ったから、とここに来ての衝撃の告白。
剣聖師弟よりもやはりフィリックスが「大丈夫か? 酔い止め飲む? 酔ってからじゃ効かないか? おかきの治癒魔法でもダメか?」とそれはもう心配している。
酔い止めをお持ちだったのか。
「……けれど、そうだな。確実に潰すのならシドにも協力してほしい」
「あ? なにを?」
「【無銘の魔双剣】でリョウの魔力量を調整してほしい。僕の魔力は極力使いたくない。回復が遅くなってしまう」
リグの魔力回復が遅れるということは、涼たちと一緒に来た召喚者たちを元の世界に帰すのが遅れるということ。
おそらくそれを危惧してのことだろう。
そのために涼の魔力を使う、ということならば。
「どうぞ! たくさん、私の魔力使って!」
「いや、君にも召喚魔法を使ってもらう」
「なんて!?」
私が!? と驚く涼に、黒に近い灰色の魔石を手渡すリグ。
これは【機雷国シドレス】の魔石だ。
「さっきベレスが使っていた魔法が使える。君が【機雷国シドレス】のメインコンピューターシドレスを呼び出して、僕に憑依させてくれればいい」
「メインコ……」
その名前は、異界の名前になっている伝承の“神”では。
しかも憑依。
「さっきベレスが使った魔法陣を改良して使う。魔法構築は僕が行うから魔力と実行をリョウがやってほしい。実行対象は僕で」
「あぶっ……でも、さっきベレスさんが……!」
「あれは自分の体を機械兵士にしようとしたから起きたこと。今度は僕が調整するから大丈夫だ」
「う……で、も……」
さっきの、ベレスの姿が浮かぶ。
リグになにかあったら――。
「大丈夫」
「っ、けど……」
「信じて」
「……」
助けて、ではなく、信じて。
そんなことを言われたら――。
「わかった。信じる」
他ならぬ召喚主、リグにそう言われたら答えなど決まっている。
顔を上げてリグを見ると、目を細められた。
わかりづらいけれど微笑んでいる。
「僕も君を信じてる」
額を合わせられる。
すると構築された魔法陣が流れ込み、涼の魔力を使って先頭車両の床に現れた。
シドが【無銘の魔双剣】を引き抜いて、涼に切先を向けると首輪からも魔力が溢れる。
それでほとんどすべてが理解できた。
不思議な感覚だ。
魔力を通してリグの頭の中の一部がわかる。
「できそう」
「頼む」
「うん。――シドレス」
灰色の魔石に話しかける。
不思議なことに、【機雷国シドレス】の風景が見えてきた。
荒廃した世界の中心、地下深くに巨大なコンピューターがある。
これが【機雷国シドレス】の“神”、シドレス。
「あなたの力を一時貸してほしいんです。列車が暴走してしまうかもしれません。たくさんの人が犠牲になるかもしれないんです。それに、罠もありそうで……お願いします。罠を全部解除して、列車を停めてください!」
自分にできることは魔法陣の一部になり、シドレスの一部の能力をリグに憑依させること。
ズズズ、と魔石から通れる分の“力”が通り、リグの体の中に憑依する。
ここまでは成功した。
シドレスが憑依したリグがモニターの方へと手をかざす。
別のモニターが宙にいくつも現れ、すごい勢いで文字が流れていく。
そして、ところどころが緑や青に変わっていった。
瞬く間に赤いモニターは色が変わっていく。
「マジかよ……」
フィリックスが半笑いになって呟く。
その時、リグが天井を見上げた。
「シド、上だ」
「やはり干渉してきたか。剣聖ども、お前たちは二両目後方から回り込め。召喚警騎士とそこのガキはこのまま先頭車両を守れ。風磨、お前もこの場にいて待機。やることはわかるな?」
「はっ。この命に変えましても弟君と姫をお守りいたします」
姫?
刃とフィリックスが目を丸くし、レイオンと共に車両から出て行こうとしたノインが立ち止まる。
シドが舌打ちしつつ、天井を【無銘の魔双剣】で切り裂いた。
その穴に飛び上がって屋根へと消えるシド。
「エー!? 装甲列車だよこれぇ!?」
「ノイン! ツッコミはあとにしろ! いくぞ!」
「は、はいぃ、師匠!」
空いた口が塞がらない刃とフィリックス。
しかし、すぐに我に返ってレオスフィードと涼、リグの側に寄る。
「リ、リグ、なにかに魔力を取られてる……」
「罠はすべて解除。暴走もしないように設定した。列車の機能を完全回復。――屋根の上から使用している魔力を拡散させて収集する、【神霊国ミスティオード】の召喚魔がいる」
「くっ……」
「……おかしい。駅が近いのにスピードが上がっている。内部ではない。……っ! 外部から干渉されている。遠隔操作……遮断。リョウ、すまない、もう少し魔力を」
「うん、私の魔力はいくらでも使って」
腹の奥の『三千人分の魔力』には一切手をつけなくとも大丈夫。
スルスルと抜けていく魔力量は、もう一般の召喚魔法師二十人分は軽く超えている。
けれど、涼にはまだまだ余力があった。
これが自分の力。
(私の、魔力……)
不思議な感覚だった。
自分の魔力の全容をちゃんと理解できる。
リグと、シドレスとも魔力で繋がっているからかもしれない。
だからだろう、干渉してくる感覚に自力で抗えた。
ピシャリと間口を閉じるようにすると、干渉が消える。
「ダメだな」
「ダメ!? なにがダメなんだ!?」
「スピードは落ちているし、暴走も、その他の罠もすべて解除したが――先頭車両の前方に時限式の魔法まで仕掛けられている。こちらはここからでは解除できない」
「っ――!? 手ェ込みすぎだろ……! おれが解除してくる。やり方はわかるか?」
「魔法式を確認しないと無理だ。――シドレス、手伝ってくれてありがとう。もう大丈夫だ。リョウ」
「うん。シドレス、ありがとうございました」
ふわ、となにかが涼の中に戻り、魔石を通じて帰っていく。
これで列車は大丈夫だが、まだ列車の最先端部に時限式魔法が仕掛けられているらしい。
「フィリックス、キィルー、僕を抱えて列車の先端に連れて行ってはもらえないだろうか」
「指示をくれればおれがやる」
「時間がない。駅へ到着まで十分を切っている。爆破系の魔法だとしたら時間のロスが惜しい。召喚魔法ではないから、シドの【無銘の魔双剣】でも無効化できない。僕が直接解析して解除するのが一番早くて確実だ」
「くっ……」
「行ってください、フィリックスさん! 涼ちゃんとレオスフィード様はオレと風磨さんで守りますから!」
「はい! 行ってください! リグのことをお願いします!」
「ぼくは一人でも留守番できる! リグのことをおっことすなよ!」
どんな魔法が仕掛けられているかわからないのは、純粋に怖い。
フィリックスとキィルーなら、リグを落とさずに先端まで行けるはずだ。
涼と刃が拳つきで頼むと、フィリックスも観念したように頭を掻く。
「ウキキッ!」
「ああ、そうだな。迷ってる時間もない。行こう! リグ、おれから手を離さないでくれよ」
「わかった。頼む」
リグの手を掴み、フィリックスはキィルーと頷きあう。
「我、フィリックス・ジードの盟友よ、わが盾となり拳となり、助けとなれ! 来い! キィルー!」
「ウッキー!」
キィルーの腕でリグを包み、シドの開けた穴から上へと出る。
新幹線のように尖った先端に駆けて行き、なにかを調べ始めた。
魔法陣がここからでも見えるほど大きく開く。
「……えっ」
「どうしの、涼ちゃん」
「うそ、うそ! 町が見える! そんな! どうして、まだ到着には八分以上あるはずなのに――!」
「本当だ!? スピードは落ちてるはずなのに、これじゃ間に合わないんじゃ……」
リグとフィリックスが作業するその奥に、町が見え始めた。
すごい勢いで近づいていく。
そして次の瞬間――。
「なに?」
レールが浮かび上がる。
ピンク色の竜巻が列車を浮かび上がらせ、王都ごと包み込んで立ち昇っていく。
普通の竜巻ではない。
この世界が崩れるかのような……そんな地獄のような光景だ。
なにもかもがバラバラに散る。
「なんだこれ! 涼ちゃん!」
「じ、刃くん!」
「わ、わあああああっ!?」