流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
列車の外の新世界
「う、うう……な、なにがどうなって――」
「コーン」
「ぽんぽーこ」
「起きられましたか、姫」
「――え?」
影が差し込む。
おあげとおかきが覗き込んでいて、涼が目を開けると涙ながらに飛びついてきた。
もふもふに埋もれて息が詰まる。
二匹を胸に抱いて立ち上がると、風磨が近くに膝をついて頭を下げていた。
ギョッとしてしまう。
「え、ふ、風磨さん?」
「主人の弟君、リグ様の専属召喚魔として正式にご活躍されたのを確認させていただきました。以後、主人の下僕であるこの風磨の忠意を貴方様にも捧げましょう。どうぞ如何様にもお使いください」
「は? は、はい!? な、なんでそんなことに!?」
「主人の“守るべき対象”に姫もまた入った、とお考えください。ひとまず状況を整理し、他の皆様との合流を目指すとよろしいのではないでしょうか?」
「あ、は、はい……」
ある意味急展開。
いや、それよりも――。
(風磨さんの主人って、シドのことだよね? 私がシドの“守るべき対象”に入った……?)
言われたことを反芻する。
飲み込むのに時間のかかる言葉だ。
ゆっくりじんわりと何回も頭の中で繰り返し、理解した瞬間ドッと顔が熱くなって思わずしゃがみ込む。
「姫? 大丈夫ですか? どうかされましたか?」
「ちょ、ちょっと、ごめんなさい……待ってください……大丈夫なので……」
おあげとおかきが肩や頭の上に乗っかってうろうろ心配そうにしている。
でもそれどころではない。
大丈夫、と風磨には伝えたけれど、全然大丈夫じゃなかった。
心臓が痛いほど脈打っている。
(いや、でも……“守る対象”っていうのは多分、リグの召喚魔だからであって、別に“私だから”っていう意味ではない! そう! 別に私だからってことではないよ。うん!)
整理して、ようやく落ち着きを取り戻す。
確実にガッカリしている部分はあるものの、これ以上憧れが進むのは本格的にまずい。
刃のこともある。
なんとなくだが、シドへの感情がこれ以上進むと刃は絶対帰らない、と言いそうだ。
なぜなら相手がシドなので。
本当にこれ以上はまずい。
これ以上進むと、隠しきれなくなる。
(でもカッコいいんだよなぁ〜〜〜!)
ふう、と立ち上がったのも束の間、先程列車の中で戦う姿を思い出してまたしゃがみ込む。
いや、それ以前に金平糖を食べているシドも可愛くて、しかも口の中に金平糖を押し込まれた時に親指が唇に触れたのも……。
「ダメ! 別なことを考えなきゃ!」
「はい。レオスフィード王子もそろそろ起こすべきかと」
「レオスフィード様! え!?」
振り返ると、涼の近くの木の根元にレオスフィードが横たわっていた。
ギョッとして近づいて呼吸を確認してしまう。
「よ、よかった、生きてる」
「はい。投げ出された時に拙者が姫と共に抱えてこちらに。命に別状はございません」
「……投げ出された……って……そういえばここは、どこなんでしょうか?」
ようやく周りを確認する余裕が出てきた。
立ち上がって周囲を見回すと、森の中だ。
しかし、左の方を見ると五十メートル以上ありそうな壁が見えた。
その奥には町のようなもの。
もしや王都だろうか。
だが気配が奇妙なのだ。
空は明るいのだがピンク色の雲が流れており、太陽はないのにとても明るい。
月と星が無数に見えるのに、夜ではない。
「なんだか、『甘露の森』にいるみたいな感じがしますけど……」
「はい。おそらく弟君のおっしゃっていた時限式の魔法とは、ダンジョン化の魔法だったのではないかと」
「ダ、ダンジョン化の魔法!?」
「見たところ王都周辺が対象となっているようです。『甘露の森』より魔力の濃度が高く、魔獣はかなり強くなっていました。貴女と一緒に来ているジンという少年が近くにいたはずですから、まず彼を捜して合流しましょう」
「っ……そうですね」
そうだ、ダンジョンということは魔獣がいる。
レオスフィードを風磨が背負い、恐る恐る森を進む。
まずは刃を捜しながらあの大きな町を目指すことにした。
あれだけ大きな目印があれば、他のみんなも目指すだろう――。
「ん、んん……」
「あ、レオスフィード様。目が覚めましたか?」
風磨の背中でゆっくり目を開けるレオスフィード。
意識が戻って安心した。
さすがに護衛対象である王子の意識がないのは怖い。
「うう……あ……? こ、ここは?」
「えーと、それが……私にもよくわからなくて……」
「リグは?」
「飛ばされて、みんなバラバラになってしまったらしいんで――」
説明している最中、風磨がレオスフィードを背負ったまま刀を抜いて涼の前へ出る。
驚いて風磨が刀を構えた視線の先を見ると、ボーンドラゴンポーンが二匹、剣を構えて現れた。
ギョッとする涼とレオスフィード。
「殿下、姫のところへ」
「レオスフィード様、こっちに」
「わ、わかった!」
風磨が一度しゃがんでレオスフィードを下す。
その瞬間に襲いかかってくるボーンドラゴンポーン。
レオスフィードが涼のところへ一歩振り返った瞬間、風磨の姿が消える。
それと同時にボーンドラゴンポーン二体が四散した。
((つ……強……))
おあげとおかきが威嚇もせず、涼の肩に乗っているわけである。
涼の足元にレオスフィードがポス、と辿り着いた時には二体とも骨になって地面に落下していた。
さすがは上級召喚魔。
シドの相棒である。
「申し訳ないが、王子殿下はこのまま歩いていただいても問題ないでしょうか?」
「あ、歩く。大丈夫、ぼく歩ける」
「では、拙者は戦闘に専念させていただきます。敵はこの風磨がすべて切り裂いてご覧に入れましょう。どうぞご安心を」
「う、うん」
わざわざ膝をついて頭を下げる風磨に、最初は怯えた様子だったレオスフィードはどんどん興味津々といった表情になっていく。
男の子らしく忍者がカッコいいと思ったのかもしれない。
「忍者かっこいい……!」
やっぱり思ってた。
なんなら口に出ちゃった。
「ふ、フウマは手裏剣も使う?」
「使います。苦無も使いますよ」
「か、かっこいい! 忍術も使える?」
「使えますよ。分身の術も身代わりの術も使えます」
「わ、わー」
もう完全に戦隊ヒーローを見る男児の顔だ。
思わず涼も気が抜けてしまう。
可愛い。
ふと、風磨が立ち止まる。
空を見上げて、なにを思ったか空に向かって球を投げ、それを苦無で射抜く。
てっきりレオスフィードを喜ばそうとしたのかと思ったが、空に煙がぶわりと広がった。
「涼ちゃん!」
「刃くん!」
その煙をドラゴンが通過して、回転して戻ってきた。
ドラゴンに乗っていたのは刃。
「よかった! 無事だったんだね!」
「刃くんも……よかった……」
「一人か?」
「あ、は、はい。オレは一人でした。あの、これはどうなっているんですか?」
降りてきた刃はドラゴンを送還する。
無事に合流したことを喜び合うが、あまり安心できる状況ではない。
涼たちにも詳しいことはわからないが、王都周辺がダンジョンになっているらしいのだ。
それを説明するとすごく怖い顔をされた。
「ハロルド・エルセイドの仕業ってこと?」
「た、多分」
「シドさんの言う通りになってるってことだね?」
「そ、そうだね。そうかな?」
涼とリグと、シドの持つエルセイド家の家契召喚魔石。
ハロルドはこの三つを欲しがっている。
そのために、どこかへ閉じ込めるのではないか、と。
風磨とシドの予想が見事に当たってしまった。
「どちらにしても[聖杯]は主人の【無銘の魔双剣】と弟君の【無銘の聖杖】がなければ扱えぬもの。姫のみを先に狙ってくることはないかと。むしろ、主人の持つエルセイド家の家契召喚魔石はハロルド・エルセイドの今もっとも取り返したいもののはず。主人がハロルド・エルセイドの目を集めている今のうちに、壁まで急ぐのがよろしいかと」
「リグとフィリックスさん、レイオンさんとノインくんは……あ、あとスフレさんも」
「そうですね。しかし、おそらくこのダンジョンに出入り口はありますまい。わざわざそれを作るほど、ハロルド・エルセイドが手ぬるいとは思えません。壁まで行けば弟君や剣聖たちとも知恵を出し合えるでしょう」
「う……そ、そうですね」
普通に考えればみんな壁を目指すはずだ。
あれだけ目立つのだから。
問題は王都が無事かどうかだが――多分まともではなくなっているだろう。
「王都に住んでいる人たちも、無事だといいんだけど……」
「無事ではありますまい。ハロルド・エルセイドは王侯貴族への強い憎しみがあります。ダンジョン化した際に、なにかしら彼らが苦しむよう設定を付与しているはず。『エーデルラーム』の王侯貴族は、平民の召喚魔法師をぞんざいに扱い追い詰めすぎたのです」
前方を歩く風磨が静かな声で言い切る。
刃がゆっくり唇を強く結ぶ。
そして、一度小さく息を吐いた。
「風磨さんも、あの戦争で呼び出されたのですか?」
「いえ、拙者は流入召喚魔。帰る術はないものかと、同郷の者を守りながら旅をしておりました。しかし、二十年前の戦争の最後となる戦地には赴き、『聖者の粛清』たちがいかに世界の王侯貴族に蔑ろにされ、軽んじられてきたのかは目にしております。まるで我ら忍のような扱いです。そのように育てられた我らとは違い、努力して表向きは成功を約束されているはずの者たちが、その努力も存在もなにもかもを否定されて嘲笑われる。とても見れたものではありませんでした」
呪いが積み重なり、溢れ、ハロルド・エルセイドという怪物に集約した。
捨て駒のように扱われ、努力は取り上げられ、踏み躙られ、我慢の限界を迎えた彼らは聖者を名乗り、王侯貴族への粛清を掲げたのだ。
血の涙を流し、奥歯が砕けるほどに歯を食いしばった平民出の召喚魔法師たちは、命も惜しまぬほどの呪いを王侯貴族に向けていたという。
レオスフィードもいるので、風磨はそれ以上のことを話はしなかったけれど。
「フィリックスも町長や署長に偉そうに命令されていたし、フィリックスたちがハロルドを捕らえたのに、なんでか署長がすごいことになっていたしな」
頬を膨らませたレオスフィードが「あれはなんでなんだ」と涼と刃を見上げる。
それに対してなんと答えればいいのか。
素直に話してもいいのか。
「うーんと、一応あの場で一番偉かったのは署長だから、フィリックスさんたちに指示を出した署長の手柄ってことになったんだよ」
「変なの!」
「そ、そうだねぇ〜」
刃が説明する。
かなりやんわり。
レオスフィードが怒ったように言うので涼が同意しておくが、その『変』を是非とも抱えたまま成長していただければと思う。
「……そうやって平民の手柄はすべて貴族のものにされるのです。それが積もり積もって、ハロルド・エルセイドと『聖者の粛清』は生まれた。殿下も大人になればより実感することとなりましょう。その時に殿下がどのように思うのかは、その時にならねばわかりませんが」
「変なことは変だと思う!」
「では貴方様が正されればよい。それを成すだけの立場が貴方様にはおありなのだから。しかし、並々ならぬ努力が必要となりますぞ。貴方様にそのようなことをさせぬよう、兄君や父君と対立することもありえる。少なくとも列車に現れた暗殺者は貴方様の兄君が放ったモノ。それらとこれから先も戦い続けなければならぬのです」
「……」
王になるつもりはないと言っていたレオスフィードも、風磨の言葉にはなにか思うところがあるのか押し黙る。
ベレスも第一王子の指示で裏切った、と言っていた。
王位に興味がないと表明しても、第一王子と第二王子からすればレオスフィードへの脅威度は変わらない。
いつレオスフィードが王位に興味を持つかわからないのだから。
殺しておきたいと思うだろう、この先も、ずっと。