流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
魔力不足の愛し子たち
翌朝――刃は一抹の不安を覚えながら目を覚ます。
同室のフィリックスを、同じく同室のノインが「フィリックスさーん」と呼びかけていたからだ。
八階建てのお化け屋敷――今は旅館だが――の七階は、護衛の意味もあり刃たちが部屋を借りている。
涼はミセラとアラベルと同室なので、刃としては早く彼女の護衛に行きたい。
しかし、この部屋にもリグ・エルセイドとレオスフィード・エレル・ウォレスティーという護衛対象がいる。
身支度を整えるべくベッドから立ち上がると、ギョッとした。
フィリックスのベッドにリグが一緒に寝ていたのだ。
手が早すぎでは、と一瞬考えたが、シドがノインと同じくフィリックスのベッドの足下の方に立っていたので「それはさすがにないか」と首を振った。
恐る恐る覗き込むと、フィリックスにリグが抱き着いてすよすよ寝ている。
「どういう状況なの……?」
「魔力不足で魔力量が多い人間から吸おうとしているんだな、これは」
「え」
シドが実に忌々しそうに見下ろして教えてくれた。
リグがフィリックスにしがみついて寝ているのは、魔力吸引のためらしい。
「っていうか、他人から魔力を吸うとかできるものなんですか?」
「召喚魔には触れて魔力供給を行ったりできる。それを反転させればいい。ただ人間相手に行う場合は経口接種が基本だな。逆も然りだ」
「けいこうせっしゅ……」
寝起きの頭のせいか、シドの説明が上手く処理できない。
刃の様子に「キスだ」と丁寧に言い直してくれた。
ノインまで刃と同じ顔になり、硬直する。
「「キ――ッ」」
「キス。が、一番効率がいい。というよりは唾液だな。血だと感染症の危険もあるし、わざわざ肌を切らなきゃならん。性行為は色々手間だし」
「待ってください待ってください待ってください!」
朝からとんでもない話を聞いている気がする。
顔をブンブン左右に振り、ノインもいるのに、と目線を彷徨わせる。
レイオンは――まだ寝ていた。
ガアガアいびきをかいて、起きる気配がない。
「え、待っ……そ、それ普通の話ですか!? 学校で聞いたことないんですけど!?」
「習わないのか? ふーん? だが基本的に魔力は血液に混じって体内巡回している。魔力回復薬が液体で赤いのも、血液を模しているからだ。唾液を含む体液は血から生成される。だから唾液で魔力を与えるのが一番効率がいい」
「え、あ、う、お、あ、あ、ぉう……」
「ジンくん、ちょっと動揺しすぎだよ」
「ノインくんは冷静すぎない……!?」
「ボク魔力ないしー」
「あ、そ、そうか」
ノインには関係のない話だった。
いや、だが、内容がちょっとお年頃には刺激的すぎるような。
あまりの始まり方に動揺が隠し切れない刃。
「違法召喚魔法師は時々やる。追われてる時とかな。そうしないと生き延びられないことがある。知ってて損はない知識の一つだ」
「う……」
シビアな世界の話だ。
シドには比較的日常的になことなのだろう。
改めてシドが剣士としても召喚魔法師としても優秀な人なのだと思い知らされる。
それはとても悔しい。
「で、リグは今魔力不足だ。昨日無理しすぎたんだろう。俺が帰ってきてもまだ動き回ってて『なにさせてんだこいつらは』と思った。使わすな魔力を。元の世界に帰すのを優先させろガチで」
「で、でも食糧が……」
「人間一日二日食わなくても死なねーよ。王侯貴族どもにもたまには飢えってもんがどういうもんなのか味あわせてやれ」
「あ……う、うーん」
そう言われると、まあ、確かに。
と、思ってしまう。つい。
「でもそれとリグさんがフィリックスさんにしがみついてるのはなんでなの?」
「空腹の時、目の前にスープがあったら食べたくなるだろう? それと同じだ」
「フィリックスさんはリグさんの食糧なの?」
「というより美味そうに感じたんだろ。ガキの頃から魔力に関しては全快することがほとんどなかったが、最近はそうでもない。満腹状態に慣れてきたところで、また飢餓に近い状態が続いていたところに美味そうな魔力を持っている人間がいたら、そりゃ食いたくはなる」
「第二のご飯ってこと?」
「まあ、そうだな」
フィリックスさんがご飯にされてしまった。
それにしてもこの状況で寝ていられるフィリックスとリグの神経の図太さよ。
だんだんと無視して着替えてこようかな、と思えてきた。
「でもそれはそれとして普通にムカつくし、起こすか」
「ウキー」
「そんなもんは今まで見ててわかる」
今まで黙っていた頭の方で聞いていたキィルーが、なにかを言う。
刃とノインにはわからなかったが、シドにはなにを言っていたのか伝わったのだろうか。
「スゥーーー……起きろ! 敵襲だ!」
「っ!」
「え!? 嘘!? 一発で起きた!?」
「え!? な、なに!? 敵は……は!? シ、シド!? うくっ……なに、重……え?」
たった一言でガバリと起き上がるフィリックスに、ノインが本気で驚いている。
(普段どんだけ起きないんだ……?)
涼も言っていたくらいなので相当なのだろうとは思ったけれど、シドは一発で起こしてしまった。
しかし、目覚めて真っ先に首にしがみついているリグに気がついてフィリックスは固まる。
それはまあ、普通に固まるだろう。
刃だって起き抜けに涼が首にしがみついていたら固まるし、パニクる自信がある。
そしてフィリックスに関してはそれとは別に、リグのお兄ちゃんが眼前に仁王立ちしているのだ。
これでパニクらない方がおかしい。
「え? いや、あの、違……し、知らない! おれはリグをベッドに引き摺り込んだりしてない! 無実だ! 頼む! 信じてくれ!」
そうなる。
あまりにも一瞬で青ざめたフィリックスが、シドへ必死に叫ぶ。
本当に無実なのに無実を訴えなければならない姿に、同情を禁じ得ない。
しかしフォローをするにはフォローのしようがない姿なのもまた事実。
ノインとともに「どうなるんだこれ」という半ば諦めた表情で成り行きを見守る。
「まりょく……」
「え?」
「まりょく……」
「――――!?」
なにか呟きが聞こえたな、と思ったら、リグが腕に回していた手を滑らせ、フィリックスの頬に手を添えて下に向かせる。
その唇をガッチリと塞いだのを、ノインも刃もばっちり見てしまった。
無実が有罪になった瞬間である。
いや、ある意味やはり無罪ではあるのだが。
「っー!」
「ウキーーー!?」
「「フィリックスさーん!?」」
一瞬確かに赤くなったのに、次の瞬間には真っ青になって倒れた。
キィルーがぺぺぺ、と頬を叩くが明らかに様子がおかしい。
ふらり、とリグが起き上がり、ベッドから出る。
背伸びをしてから「魔力……」とまた呟いて今度はシドの方にふらふら近づいていった。
「魔力……」
「これで我慢しろ」
と、【無銘の魔双剣】を取り出して二本重ね合わせて持つ。
二本の魔剣は重なり合うと次第に光を増していく。
リグがその光始めた刃に唇を当てると、光は一瞬で消えた。
それを見た瞬間、刃はゾッとする。
魔力を、吸ったのだ。
「そ、それで魔力回復になるんですか?」
「吸われてるってことは、多少回復にはなるんじゃねぇの。……この量を一瞬で食ったと思うとさすがに同情する」
「………………」
シドの眼差しの先にはベッドに沈んだフィリックス。
おそらく初恋の人だろう、その人からキスされて……この有様なのは本当に可哀想。
「ボクは魔力ないからわからないんだけど、空になった魔力ってそんなにすぐ回復するものなの?」
「すぐは無理だよ。でも起きているより寝てる方が回復は早いかな」
「じゃあフィリックスさんはこのまま寝かせておいた方がいいのか……」
「お……起きる……」
グググ、と顔面蒼白で起きあがろうとするフィリックス。
しかし一度魔力が切れると凄まじい眩暈と倦怠感に襲われる。
経験した者は震えてしまう、その症状。
さすがに哀れに思ったのか、シドが「風磨、俺の収納宝具から魔力回復薬を」と気を遣ってくれた。優しい。
風磨が影から出てきて懐を探り、巻物を開いて魔力回復薬をフィリックスに手渡す。優しい。
ごくごく飲むと、フィリックスもだいぶ顔色がよくなる。
「リグも飲むか?」
「飲む……魔力……」
「飲め飲め。手持ち十本しかねぇけど」
「絶対足りませんよね」
「せいぜい10%くらいしか回復しないからな」
魔剣の魔力を溜めながら、リグがごくごくと魔力回復薬を飲み干す。
魔力回復薬は貴重品だ。
味が鉄の味――血の味なので人気がない。
そもそも自然回復するものを、お金を出してまずいものを飲む必要性を感じないのだ。
作るのも大変で、血に近い成分の液体を作るのも難しいという。
それをこれほど持ち歩いているあたり、シドの生活の大変さが伺える。
「でもだいぶ楽になった……ありがとう」
「魔力おいしい……」
「――その魔剣、魔力を生成できるのか?」
「魔剣だからな」
「いやいや! 確かに魔剣含め【戦界イグディア】の上級武器は魔力を保有しているが、魔力を生み出すことはできない! 人間と同じく回復するが、作り出すなんて――!」
「その辺の理論、俺に聞かれてもわかんねーよ。作ったのはリグだし」
「くっ……」
ノインと顔を見合わせる。
フィリックスの体調は心配だし、魔剣にちゅ、ちゅ、と吸いつくリグもある意味心配なのだがお目覚めはしているのだから大丈夫だろうか?
「オレ、涼ちゃんの護衛に行ってくるよ」
「見習いになったんだもんね。うん、行ってらっしゃい。あとで護衛のやり方とか教えるね」
「そ、そうか。そういうのもあるんだ。うん、わかった。よろしく」
すぐに身支度を整えて涼のいる上の階に向かう。
ミセラ、アラベルも同じ部屋にいるので大丈夫だとは思うが、何事もなく一夜を超えていてくれればいいのだが。
「おはよう、涼ちゃん。おはようございます、ミセラさん、アラベルさん」
「い――いけません……逃げて……」
「!?」
部屋の中から、掠れた声が聞こえる。
驚いて部屋のドアを開けた。
「どうしたんですか!? ……え、涼ちゃん……!?」
おあげとおかきを肩に乗せた涼の近くに、ミセラとアラベルが倒れている。
あれ、これさっきも似たような光景を見たような。
気のせいか?
「刃くん、おはよう」
「お、おは……」
「に、逃げてぇ……」
「え?」
にこり、と微笑んで振り返る涼と、床に転がるミセラとアラベルの青い顔。
手を伸ばし、刃に繰り返し「逃げて」と囁く。
ふらり、と目の前に涼が現れる。
顔が近い。
先程のフィリックスの様子が脳裏に浮かぶが、好きな女の子の顔が近いのなんて避けようがない。
唇が重なり合い、頭の中が真っ白になる。
「ぐむ!」
「まりょく……まりょく足りないよぅ……」
「コーン」
「ぽんぽーんこ」
意識が一瞬飛びかけた。
唇が離れた瞬間、天地がひっくり返る――いや、回転している。
視界がぶれて、体に力が入らない。
倦怠感が凄まじく、手足が重くて震える。
吐き気も相俟って本当に気持ちが悪い。
これが魔力切れ。
ドラゴン一体召喚しただけでもギリギリになるので、多少の魔力切れに近い症状は感じたことがある。
だがこれほどの状態になったのは初めてだ。
涼とのキスが天国から地獄に急降下しすぎて感触も思い出せない。
「ウッ……ぐっ……う……」
「ああ……だから逃げろって、言いましたのに……」
「い、[異界の愛し子]って魔力が減るとみんなこういうことしますの……!? アスカと同じことされたんだけど……!」
「アスカさんと……?」
リグも同じ様子だった。
涼も。
そしてアスカもああなったことがある。
[異界の愛し子]特有の症状なのかもしれない――。
「い、いや! あの状態の涼ちゃんを、ふらつかせるわけには……いかない!」
視界がグラグラでまともに立っていられないが、手当たり次第に魔力を吸い取ってしまう。
――キスという方法で!
(そ、そんなの絶対無理だー!)
好きな女の子がキス魔になってうろつくなんて耐えられない。
気合いで立ち上がり、気合いで扉から出る。
すると、ノインがちょうど階段から登ってきたところだった。
「ノインくん! 涼ちゃんがリグさんみたいになってる!」
「え? マジ? リョウちゃん、おはよう!」
「おはよう、ノインくん」
「朝ごはん食べに行こうね」
「まりょく……」
「うん、あとでシドに魔剣の魔力をもらおうね」
「魔力……」
「先にご飯食べようね」
「……うん」
捕獲。
涼の手を繋ぎ、提灯お化けに「朝ご飯はどこで食べるの?」と聞くノイン。
提灯お化けが『どろーん』と向きを変えて動き出す。
「……はぁぁぁぁ……」
敗北感。
しかし、安堵感の方が大きい――かもしれない。