流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
対策会議 1
八階、支配人室。
広い部屋の上座の椅子に座るのは国王。
その横を王子二人と大臣二人、重鎮の貴族が三人。
ミセラとアラベル、アスカがその末席。
真ん中にレイオンとシド。
入り口の近くに刃とノイン、フィリックス。
数名の召喚警騎士の生き残り。
空気は最初から息苦しいほど重い。
無理もない。
レイオンの斜め後ろにいるのは、世界最高額の広域指名手配犯。
今回の事件を引き起こしたハロルド・エルセイドの息子だ。
警戒されても仕方ないのだが、刃たちはそれを引き起こした原因をちっとも理解していない彼らに呆れを含んだ目を向ける。
刃とミセラとアラベルもシドに魔力回復薬をもらってこの場に立っているので、シドにここまで助けられておきながらあの態度は本当に太々しいと思う。
「えー、それでは王都奪還について話し合おうと思うのだが――魔力はなんとかなりそうか? シド」
「なんともならんな。とりあえず寝かせて回復させているが、昨日使わせすぎた。別に人間一日二日食わなくとも死にはしないだろうに」
いきなりぶち込んできたシドに国王の視線が鋭くなる。
それに一切引くことのないシドもすごい。
家臣の一人が「無礼な!」と叫ぶと「あ?」と頭を傾けて聞き返す。
刃たちの方から見えないが、空気がピリピリする。
叫んだ貴族はひゅ、と息を呑んで一歩下がった。
「レイオン、犯罪者を余の前に出す理由を先に聞こうか」
「おや、よろしいのですか?」
「……どういう意味だ?」
「すべて終わってからの方がいいかな、と思ったのですが。まあ、陛下がそうおっしゃるのならそれでもいいですが――」
にこり、と笑いながら言うレイオンにシドが溜息をついて指を鳴らす。
天井からドサドサ、と縛り上げられた二人のおっさんが落ちてきた。
その場の誰もが驚く。
ユオグレイブの町の町長エドワドと召喚警騎士団のエジソン署長だ。
「な、なんだここは!」
「マージで見つけておいたのか」
「つーか、俺に助けを求めてきた。魔獣に襲われてたからな。ユオグレイブの町の署長まで召喚魔が倒されて逃げ隠れしているとは思わなかった」
「まあ、現代の貴族の召喚警騎士なんてそんなもんだからなぁ」
「平和ボケしすぎだろ。――ああ、まあ、平和ボケしてるから今回も王都丸ごとダンジョン化させられた上に幻覚で生き残りがこれっぽっちしかいないわけか」
これっぽっち、という言葉に刃も息を呑む。
王都にどれほどの人口が住んでいたのかはわからないが、本来であればこのお化け屋敷旅館に入りきらない人々が住んでいたはずだ。
しかし、又吉に聞けば「満室ではありませんにゃー」とのこと。
貴族だけでなく、一般市民の犠牲も多大なものとなったのだろう。
「ハッ! 国を護って貴族の爵位を与えられたやつらが聞いて呆れる! 是非とも幻覚耐性をつけて今の王都を歩いてみてほしいもんだぜ」
「ど、どういう意味だ」
「わしも見てきたが、城の荒れ方は召喚魔法によるものだったのだ。幻覚で自分以外が魔獣に見える状況で、ほとんどの貴族が召喚魔法で殺し合いをした――ということです」
ぐ、と大臣や重鎮たちが顔を顰める。
刃たちは王都の中には入っていない。
しかし、話に聞いていた以上に……。
ちらりと刃たちを囲うように控えていた召喚警騎士を見ると、彼らも顔色が非常に悪い。
王都の状況は見るに耐えないのだろう。
「瓦礫と死体の山だ。だがこのままではそれもできない。俺はここから出られるのなら手を貸してもいい。ハロルド・エルセイドなんて名字が同じの他人だからな」
「我らに協力するということか? ハロルド・エルセイドは貴様の父親だろう?」
「はあ? じゃあお前ら自分の父親がやらかしたら庇うのかよ?」
シドが嘲笑いながら聞けば、国王を含む貴族全員が一瞬答えに詰まる。
つまりはそういうことだ。
彼らは絶対、罪を犯した身内を庇うことなどしない。
むしろ即座に無関係を主張する。
そういう人種だ。
それをわかっていてシドも投げつけたのだろう。
「悪党はお互いを庇い合うものだろう?」
「ああ、悪党ってのは時と場合によっては手を組むもんだろう?」
「……っ」
その言い方は、重鎮貴族の一人を“お前も悪党だろう”と揶揄している。
わかりきったことを聞くな、と言わんばかり。
「お貴族様が綺麗事を並べるなよ。耳が痒くなる。まさかこの期に及んで、自分たちが元の生活に戻れるとは思ってねぇだろう? 思ってんだとしたらとんだお花畑だな。王都を取り返したあとの方が遊ぶ時間もねぇぜ?」
「へ、陛下! このような罪人の話などに耳を貸す必要はありません! ユオグレイブの町に遷都し、体勢を立て直しましょうぞ!」
「無理ですわ。このダンジョンは出入りができませんの。出るにはこの魔法の使用者を殺害するか、使用者が魔法を解くしかありませんわ」
「な――!」
ミセラが目を細めて大臣たちを見る。
そもそも、ユオグレイブの町には流入召喚魔たちの居住特区がある。
王都に流入召喚魔を入れたくないから、ユオグレイブの町に寄り添うように居住特区を作ったくせに、ユオグレイブの町に遷都するなんてなにを考えているのか。
遷都したあと「やっぱり流入召喚魔と暮らしたくない」と彼らを追い出す未来しか見えない。
「で、ではすぐにその使用者を捜し出してなんとかしろ! 王宮召喚魔法師のそなたの仕事だろう!」
「そんな簡単な問題ではありませんわ。もちろんそれをすることに異論はございませんが、相手はハロルド・エルセイド。わたくしたちが無策で挑んで倒せる敵ではありませんの。――それを取り逃がすとは、責任重大ですわね? エジソン・ドールマン署長」
「っ! い、いや! それは……それは、その――そ、そうです! そこの平民の召喚警騎士、フィリックス・ジードがマスターキーを強襲してきた『聖者の粛清』に渡してしまったのです!」
「署長、マスターキーなどという重要なものを自分が持っているわけがありません。自分に預けられたとおっしゃるのでしたら、今度は署長がマスターキーの管理不備ということになります」
「うぐっ!」
呆れたようにフィリックスが言い返す。
すぐ人のせいにするので、フィリックスは事前に言い返す言葉を考えていたのだろう。
情けなくてノインと一緒に白けた目で署長を見る。
「エドワドに関してはレオスフィード殿下誘拐を許しただけでなくスラムの件もある。陛下、わしがエドワドに『決闘』を申し込むのは問題ありませんな?」
「……ああ。聞いておる。致し方あるまい」
「陛下!?」
エドワドがギョッとする。
助けてもらえるとでも思っていたのだろうか。
エジソンもそれを見て焦り始める。
「ま、まずは王都の奪還……そ、そうです、このエジソン・ドールマン、必ずや王都を取り戻してご覧に入れます! どうぞこの私にご命令ください!」
自分が助かるための最善を即座に見つけ出すところは、本当に尊敬する。
そもそも、どうやって奪還するのかを今話し合おうというところなのに。
「それと――わしとノインを含め王都にいた自由騎士団はウォレスティー王国王都奪還には、参加は見送らせていただく」
「!? どういうことだ、そなたら自由騎士団が市民を見捨てるということが!?」
「わしらは自由騎士団として新たに見つかった[異界の愛し子]を守ることにしました。王都奪還に協力をお望みでしたら条件付きでご協力しましょう」
「――っ、条件、とは?」
「一つ、人事の采配はわしに任せていただく。二つ、[異界の愛し子]を自由騎士団の方で保護させてもらう。三つ、自由騎士団に召喚魔法師の部門を作ることをお許しいただく。四つ、シド・エルセイドを自由騎士団の騎士見習いとする」
「は?」
聞き返したのはシド本人。
そこで聞き返すのはちょっとどうかと思う。
言いたいことはわかるけれど。
「正気か? その者は自由騎士団の剣聖を二人も引退に追い込んだ。自由騎士団としても、その者は敵ではないのか?」
「我らが信条は弱き者を守り、騎士として戦うこと。この者は騎士としてもっとも大事なことをわかっております」
「そ、それに[異界の愛し子]を保護、だと!? 独占しようとはけしからん! 非営利団体ではないのか!?」
「非営利だからこそ、[異界の愛し子]を悪用せぬと誓える」
「召喚魔法師部門を作るというのは?」
「今し方エジソンが平民出身の召喚警騎士に、罪をなすりつけようとしたのはご覧になったでしょう? 受け皿が必要だと思っておりました。このままでは第二のハロルド・エルセイドが生まれ、『聖者の粛清』は再び肥大化するでしょう。わしの言に耳を貸さぬのならばそれも結構。しかしわしは自分が死んだあとに弟子や部下が、一人でも多く戦争を知らぬままでいてほしい」
戦争が起こる。
また、同じことを繰り返す。
召喚されたばかりの頃ならば他人事のように感じたそれは、今はもう絵空事には感じない。
フィリックスもミルアもスフレも正義感が強い人だ。
国を裏切ることはないだろう。
けれど、正義感が強いからこそ現状に苦しむ平民出身の召喚警騎士はどこへ行けばいいのか。
「年々平民出身の召喚魔法師が冒険者になり、召喚警騎士団は貴族のみになってきております。その結果治安が悪化し、罪もない民が苦しめられる。二十年前に変革に勤めるとおっしゃったあなたはどこへ行ってしまったのか。あなたの代でまた、同じ過ちを繰り返されるおつもりですか?」
「余が誤った道を進んでいると?」
「少なくともこのままでは同じことが起こりましょう。この国でなくとも、帝国か連合国かで。遅いか早いかです。――もう一度申しあげますが、わしの言に耳を貸さずともいいでしょう。しかし、これを最後にいたします。わしはもう、この時より陛下にご忠告差し上げるのをやめます」