流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
対策会議 2
それは、優しい言い方だが要は「お前はなにを言っても無駄なんだな」という意味だ。
王の顔色が少し悪くなったように思う。
ここでレイオンと決別することが、ウォレスティー王国にとって益になるわけがない。
「英雄剣聖レイオンともあろう者が脅しか」
「そう受け取るのならそれでも構いませんよ。騎士として守るものに順位をつけるつもりはないが、守れる数には制限があります。わしはすべてを守ると豪語できるほど力がある訳ではありませんからね」
レイオンがこういう答えをするのもまた、ウォレスティー王国の対応の積み重ねの結果だ。
自由騎士団の協力が得られないのは実際厳しかろう。
レイオンと距離ができるということは、アスカからも距離を置かれるということ。
[異界の愛し子]を取られるのは避けたいだろうが、自由騎士団の協力を得られないのは現状もっとまずい。
しかも悩んでいる時間もない。
「[異界の愛し子]のことだけは考え直す気はないか」
「ありませんな。今回見つかった[異界の愛し子]はこのシドとハロルド・エルセイドの関係者です。その代わり、他国にも渡しはしないとお約束しましょう」
「むう……」
「くっ! 卑怯だぞ、剣聖レイオン!」
「レイオンさんにそう決断させたのはあなた方の変わらなさです!」
アスカが彼らから離れてレイオンの隣に移動してくる。
「今までずっと我慢してきたのは、俺も同じです」と視線を背けて苦々しい表情。
二十年。
人一人が成人する長い時間を、この国は「変わる」と言いながらなにも変わらなかったのだ。
がっかりもするだろう。
だからこそ、ここで本当に変わらなければ。
「認められんと言ったら?」
「[異界の愛し子]の意思を尊重しましょう」
「条件四つは多すぎる。二つだ」
「四つが飲めないのであれば自由騎士団は出しません」
「レイオン」
「陛下、我々は二十年待ちました。二十年です。この国だけではありません。レンブランズ連合国もエレスラ帝国も変わりませんでした。我ら自由騎士団の騎士が救うにはそれだけの対価をいただかなければ、割りに合わなくなっているのです。それがこの国の王侯貴族の“価値”と思ってください」
「っ!」
「ぶ、無礼な!」
この期に及んでまだレイオンに責任転嫁するのか、と呆れてしまう。
王子たちが身を乗り出すが、レイオンの気迫の方が上だ。すぐに押し黙る。
自分たちの権利は主張する割に相手の権利など無視。
自分たちに都合が悪くなれば怒鳴る。
王が冷静に眉間を揉みほぐして「よせ」と王子たちを静止するが、内心は穏やかではないだろう。
シドが腰に手を当てて盛大な溜息を吐く。
「つーか、俺を自由騎士団って俺の意思は確認しねぇのかよ」
「[異界の愛し子]が来ると言えばお前は来るだろう?」
「つーか俺は剣聖を二人ぶっ倒してんだぞ」
「二人ともお前のことを“剣士として”褒め称えていた。自由騎士団の中にお前をただの犯罪者と思う者はいない。弟子のノインもお前を守る側の人間だ、と認めていた」
不本意そうではあるが、刃が隣のノインを見ると顔を歪めて「まぁね」と言う。
刃もシドは守る側の人間だと思っている。
ただ、それを素直に認めるのがとても嫌そう。
「それに、署長を調べていたらお前の犯歴には捏造も混じっていた。それで懸賞金三十億は高すぎる。召喚警騎士団の在り方も、根本から考え直してもらいたいものですね」
「っ」
ちらり、とレイオンが貴族たちを見る。
つまり自由騎士団は召喚警騎士団の在り方も改善しろ、と言っているのだ。
見下ろしたエジソン署長がゆっくり目を逸らす。
「変化は一日千秋でどうにかなるものではない」
「ええ、だから二十年間待ったのです。なにか変わりましたか?」
「まだ二十年だ」
「陛下」
静かに呼ぶレイオンは、首を横に振る。
何度も同じことを言わせないでほしい、と。
「わしがこの二十年をみて下した判断による条件です。認めないのであればそれでもよいと申し上げております」
「っ……」
煮え切らない態度の王に溜息を吐いて、レイオンは背を向ける。
「ノイン、[異界の愛し子]の護衛に戻れ。自由騎士団は愛し子とこの旅館の護衛に専念する」
「了解でーす、師匠。ジンくんも行こう」
「う、うん」
見習いという立場を得た以上、レイオンの指示には従わなければならない。
フィリックスを見上げるとウインクされた。
ここは心配いらない、という意味らしい。
成り行きが気になるけれど、突き放すことも必要だろう。
「自由騎士団に見放されて、縋るものが無能なお貴族様と見下してきた平民召喚警騎士だけとはヤキが回ってきたなぁ? ここまできたら犯罪者の俺にも頭を下げて頼んでみるか?」
「ふっ……ふざけるな!」
「ハハ! じゃあ俺もここでお暇しようかな」
「待ってくださいませ。ハロルド・エルセイドがどこにいるか、対処方法だけでも教えてくださいません?」
背を向けたシドを呼び止めたのはミセラ。
振り返り、一言「さあ?」とだけ言って退出する。
残された王族と重鎮たちは、焦りの表情。
「な、なんと無責任な! ダンジョンから出られずに困るのはお前も同じではないか!」
「おい、言葉と態度にはマージで気をつけろよ。この『お化け屋敷』はエルセイド家の家契召喚魔だ。魔獣のうろつく森に、放り出してもいいんだぞこっちは」
「――っ!」
「それは賛成ですにゃーん。あるじ様以外が偉そうに支配人室にいるのは我らも気分が悪いですにゃー」
突然又吉が床から現れる。
ずるり、と床から体を出現させてよいしょ、と立つ。
ぷんぷんと怒って「食べちゃってもいいですにゃ?」とシドにお伺いを立てる。
「た、食べるとは……」
「侵入者対策に決まってるだろう。異物は屋敷が喰らう。俺か弟――[異界の愛し子]が命じればすぐに、だ。お前らは俺たちに命を握られてるんだよ。そんなことも知らずにイキってられたんだから、幸せな連中だよなぁ?」
「ヒッ……」
「まあ、せいぜい拾った命を大事にするんだな。謙虚に生きれば少しは安心して過ごせるんじゃねぇの。又吉、どうしても殺したくなったらまず俺に相談しろ」
「かしこまりましたー! あるじ様!」
ビシッと敬礼した又吉が、王族と重鎮たちに見える角度でニタリと笑う。
その不気味さに王子が「ま、待て!」とシドを呼び止める。
「ハロルドはダンジョンの中心だ」
「!」
それだけ小声で言い残してシドも立ち去る。
中心と言われても、このダンジョンの広さは半端ではない。
地図を見なければわからないが、王都の近くではあるだろう。
「困りましたわね。レイオンの助力だけでも得たかったのですが」
「ミセラ、アスカよ、そなただけでハロルド・エルセイドを倒せぬのか」
「無理ですわ。森の中にはボーンドラゴンポーンや魔獣がおりますし、捜すにも範囲が広すぎます。人手がもっと必要ですわ」
「生き残っている召喚警騎士と警騎士は千人ほど。王族の皆さんの安全確保のために最低でも百人はこちらに配属しましても、いくつかの部隊で捜索を行うとして間違いなく数日かかります。そこから倒すとなりますと――」
ミセラとアラベルがアスカを見る。
レイオンを支持しているアスカは、今の王たちの対応に不満しかない。
「ミセラ、悪いけど……俺も協力しない」
「アスカ!? なにを……!」
「今までずっと変えようとしてきた。俺も王様の言葉を信じて、色々提案しては実施すると言われてそれも嘘ばっかり。あなたたちのこと、もう信用できません!」
「アスカ!」
英雄にまで見放され、残された王侯貴族は顔面蒼白。
王も難しい顔をする。
ミセラは腕を組み「これで勝ち目はなくなりましたわね。わたくしだけではとても解決できませんわ」と冷たく突き放す。
「無理でも……やれ」
「あくまでもレイオンやシド・エルセイド、アスカに協力を乞うことはなさいませんのね」
「認めるわけにはいかぬ」
「……残念ですわ。ではわたくしも本日付で王宮召喚魔法師を辞させていただきます」
「な――!」
「貴様、裏切るのか!?」
「わたくしたちは二十年間裏切られ続けましたのよ。都合のいい時ばかり頼られても、それに応じる価値がもう陛下たちにはございませんの。わたくしでなくとも、召喚魔法師も召喚警騎士も生き残っている者はおります。彼らにお願いなさって。先程ご命令を、と望む者もおりましたし」
と、ミセラはエジソンを見る。
生き延びるために「この件を解決する」と豪語したエジソンは表情を引き攣らせた。
しかし、すぐに「へ、平民! お前、ハロルド・エルセイドを探してこい!」と叫ぶ。
他の召喚警騎士と警騎士は目を逸らす。
フィリックス以外は全員貴族出身だ。
「署長命令だ! 早く行け! ハロルド・エルセイドを必ず討ち取って来い!」
「そうだ! さっさと行け! 平民は我ら貴族に尽くしてこそ、存在が許されているのだぞ!」
「ハロルド・エルセイドを必ず倒すのだ!」
耳元でキィルーが「ウギィ」と呟く。
フィリックスもそれはわかっている。
先程レイオンに言われたことを、彼らは本当に理解していないのだ。
いや、理解するのを拒んでいる。
変化を嫌い、今のままがいい。
当然だ、変わってしまったら、彼らは無能の役立たず。
選民意識の塊のような彼らには耐え難い。
いっそ哀れに思う。
「恐れながら、陛下。殿下や大臣方のおっしゃることが正しいとお思いですか?」
「陛下に話しかけるなど、平民の分際で恐れ多いと思わないのか!」
「口答えは許さん! さっさと行け!」
しばらくフィリックスは王を見ていたが、王はフィリックスを見ることなく目を閉じた。
王自身にも選民意識が根強いのだろう。
フィリックスもレイオンの言う通り「言っても無駄」だと理解した。
心底――。
「そうですか。我が国は変わらないのですね」
ハロルド・エルセイドの憎悪の根幹を垣間見た気がする。
お辞儀をして部屋を去る。
王侯貴族のためではなく、罪も力もない人たちのためにハロルド・エルセイドを捜す。