流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
対策会議 4
ハロルド・エルセイドにとっては最高の隠れ場所ということか。
しかし、シドは「地下ではない」と言う。
魔女クレマ・リージュは地上のいざこざに介入するような人物ではなく、ハロルドのことも“厄介ごとを持ち込むかもしれない羽虫”という認識らしいのだ。
「って言われたのはアレだな。『赤い靴跡』のボスに飲みに誘われた時に言われたな。クレマがそう言ってた、って」
「さすがにヤベェのが出てくるな」
「『赤い靴跡』のボスに、会ったのか……!?」
「まあ、何度か『赤い靴跡』の幹部になれって誘われてるからな。蹴ったけど」
「「…………」」
レイオンとフィリックスの顔もなかなかにヤバいことになっている。
すぐに気を取り直し、レイオンが眉間を揉みほぐす。
「で、上空ってのはなんでそう思うんだ?」
「存外察しが悪いな。俺がリグにこの『お化け屋敷』を召喚させた時点で察しておくべきだろ」
「――建物型の召喚魔を召喚している、か」
「そうだ」
フィリックスが言うとレイオンが唇を尖らせながら「だってわし召喚魔法なんかわからんもーん」と拗ねる。
それをアスカとノインが「まぁまぁ」と宥めるという新体制。
ますますレイオンが甘えたになりそうである。
「でも、上空に建物って、そんなのありなの?」
「いくつか候補はあるが、ハロルド・エルセイドの適性を思うと考えられるのは四つ。【鬼仙国シルクアース】の『仙界』の崑崙山、金鰲島、蓬莱島。【竜公国ドラゴニクセル】の竜の巣だ」
「……どれもバカでかい、伝説級か伝承級じゃないか?」
「ああ。だが竜の巣は召喚前例があったはずだ。ベレスが裏切っていたことを考えると、やつが研究していた黒魔石が王都からなくなってるんじゃねぇの? 王都が荒らされてて紛失した、とかなら可能性高いぞ」
「っ! そうか! 黒魔石の魔力で召喚したのか……!」
トントン拍子でシドとフィリックスの会話が進む。
あまりにも普通にフィリックスが会話についてくるので、シドがジトリとフィリックスを見る。
「……お前【獣人国パルテ】の適性なのに本当他の属性のことも詳しいな」
「え? まあ、仕事で他の異界の召喚魔とも話す機会が多いから……できるだけ知っておこうとは思ってるけれど」
「ふーーーん」
「な、なんだよ」
なんでか不服そう。
アスカが「フィリックスは偉いんだな!」と元気よく褒めるので、少し照れつつ「まだまだです」と頰を掻く。
素直に褒め言葉を受け取ればいいのに。
「つまり、上空に居座る方法はあるということか」
「問題は上空をどう捜すか、だな。アラベルなら空を飛ぶこともできますし、ミセラに提案してみます」
「やめた方がいい。もし竜の巣だったら目に見えない強風で羽が折れる」
「え」
提案したアスカは、シドに言われて「ダメなの!?」と聞き返す。
曰く【竜公国ドラゴニクセル】の建物型の召喚魔『竜の巣』は風の塊。
浮遊する浮島の形をしており、無数の小型竜が住んでいる。
その名の通り【竜公国ドラゴニクセル】にいくつも存在する繁殖用の島であり、受精卵を腹に抱えた竜が集まるという。
卵の時期と卵から孵ったばかりの頃にシルフドラゴンが巣島を風で覆い隠すため近づくことは困難で、中に入っても子竜が餌を求めて飛び回っているのですぐに襲われる。
つまり、中にいるのは肉食の竜――ということだ。
「「ヤバすぎる」」
「お化け屋敷と一緒で、建物自体が結界の役割を担っているんだ。入るには同じくシルフドラゴンを召喚して、風の結界を相殺してもらうしかないだろう」
「よーし、召喚してみよう!」
「召喚できるんですか!?」
驚いた刃が、アスカの方に近づく。
刃が【竜公国ドラゴニクセル】の適性だと知っているのか、「一緒に召喚する?」と笑顔で聞いてくる。
しかし刃は知っている。
[異界の愛し子]は召喚魔法に関する常識が通じない――と。
「……でもアスカさんも[原初の召喚魔法]を使うんですよね?」
「え? うん」
「オレは普通にコストを支払って召喚するので、多分今のオレではシルフドラゴンは無理です」
「無理かぁー」
シルフドラゴンは伝説級だ。
コストは1000以上のはず。
それを平然と召喚する方が異様なのだ。
「シルフドラゴンの召喚自体なら僕もできる」
「お前と[聖杯]は魔力の回復に努めろ。せっかく全回復しかけていたのにまた枯渇寸前まで使いやがって」
「……了解した」
「わ、わかった」
シドにジト目で睨まれて、リグと涼はお昼寝中心のぐだぐだ生活が決定してしまった。
実を言うと涼もこのあと旅館の手伝いをさせてもらおうと思ったのだ。
カーベルトの食堂で毎日働いているので、逆に働かないと違和感がある体になってしまった。
しかしシドの言いたいこともよくわかる。
シドが【無銘の魔双剣】で首輪の封印を調整してくれたおかげで、自分の魔力量と召喚魔法でできることがどれほど幅広いのかよく理解できた。
あれほどの力ならば確かにリグの言う通り「できないことの方が少ない」のだろう。
だが、この魔力を使うのならば腹の中の『三千人分の魔力』と涼と同じくこの世界に召喚された人々を元の世界に帰すことを優先すべきだ。
「魔力の回復って眠っていると早くなるんだよね?」
「ああ。僕らの場合あまり減ると二日ほど気絶するらしいし……」
「なるほど」
「ぽんぽこー!」
「え? おかきが魔力回復速度を早めてくれるの?」
「コンコン!」
「おあげが小さな領域を? そうなんだ? じゃまあお願いしようかな? ね、リグ」
「そうだな」
「「「え!?」」」
ノインとフィリックスと刃が声を上げる。
おあげとおかきと会話する涼の、その会話の内容に反応したのだ。
不思議そうにするリグと涼。
「どうかした?」
「ま、待って、涼ちゃん……! それってリグさんと同じ部屋で、同じベッドで寝るってこと、では……!?」
「え」
それはさすがに大袈裟では、と思ったが、魔力回復のためならおあげとおかきに注ぐ魔力は節約した方がいい。
つまり節約のために同じベッドでリグの近くで寝るのがもっとも効率的――。
「……え、えーと……でも、寝てるだけだし……」
確かにリグにもシドに似た憧憬を抱いている。
シドへのものと違ってとても穏やかで温かい。
泣きたくなるような優しさ。
シドの側にいる時のような、落ち着くのに落ち着かない感覚とは違い心地よくていつまででも側にいられる。
彼の[異界の愛し子]という体質ゆえなのかと思ったが、アスカに対してそんな気持ちにはならない。
召喚主だからなのかもしれないが、少なくとも初めて会った時とも違う。
「で、でも……」
刃がまだなにか言いたげに口をもごもごさせている。
ノインとフィリックスが顔を見合わせた。
二人もなにか言いたいことがありそうである。
「魔力回復を最優先にしろ。ダンジョン化はお前たちがいなくても、十分に解除できる。――あのクソジジイは俺が殺す。死人がいつまでも未練ったらしくし生きることにしがみつきやがって。あのジジイが生きてるだけで、永遠に狙われると思うと虫唾が走る」
「確かにしつこいくらい毎日襲ってくるよな」
「ああ、目的は俺の持つエルセイド家の家契召喚の契約魔石。というより、相棒の契約魔石だろうな。絶対返さねぇけど」
「え? そうなの?」
「お化け屋敷に攻撃は仕掛けてくるが、元々攻守ともに高い性能のある召喚魔だ。やつの召喚する大量召喚魔では相手にならない。揺さぶりだろうな」
涼が寝てる間に、一日何十回と襲撃があるらしい。
すべて又吉を始めとするお化け屋敷の妖怪たちが返り討ちにしている。
お化け屋敷の性能を、ハロルド・エルセイドはわかっているはずだというのに。
無駄に襲撃回数を重ねるというのは、確実にシドを揺さぶってきている。
ハロルドが生きている限り、ハロルドはリグとシドを狙い続けるだろう。
シドはそれが許せない。
そして涼――聖杯と【無銘の魔双剣】、【無銘の聖杖】の存在もおそらくは伝わっている。
手に入れようとする、間違いなく。
だからシドはハロルドを――殺す。
そう決めてしまった。
リグの表情が僅かに曇る。
「……リョウ、僕らは部屋で寝て魔力を回復しよう」
「え、あ、で、でも……」
「寝すぎると頭が痛くなるけれど、本来であれば一ヶ月はかかる量だ。おあげとおかきの小領域なら起きていても回復速度は早まるだろうが、寝ている時の方がやはり早く回復する」
「う――うん、わかった。私、リグと魔力回復頑張るね!」
「じゃあ、俺たちはシルフドラゴンを召喚して上空を捜索してみよう。風の壁に覆われているのなら、今日は位置だけを確認して突入する時はミセラたちにも声をかけよう」
「そうですね。生き残っている召喚警騎士団と警騎士全員で挑まなければ、危険でしょう」
「ああ、相手はハロルド・エルセイドだからな。油断はすべきじゃない」
会議がまとまったので、涼とリグは宿泊部屋に戻った。
クイーンサイズのベッドに二人で横たわり、おあげとおかきの小領域を展開してもらう。
なんとなく、体が楽になる。
リラックスしていると思う。
「心地いいな」
「うん」
こてん、と二人で横たわる。
すぐに眠気が襲ってきた。
ゆっくり目を閉じたらすぐに意識が遠のく。
「ん……喉乾いた……」
外が夕方に違い。
ずいぶん眠っていたらしい。
隣には安らかなリグの寝顔。
その髪を撫でる。
(どうしようかな……)